第1 設問(1)について
1 被告人がVの土地について、Vの了解を得ることなく抵当権登記を設定し、その旨の登記を了したことと、売却したこととは、横領罪(刑法252条)の構成要件に該当する。
そして、抵当権設定行為と所有権移転行為とでは、所有権に対する侵害の程度が異なるため、先行する抵当権設定行為により、所有権侵害が評価し尽くされているとはいえない。それならば、抵当権設定行為は所有権移転行為の犯罪成立を妨げる事情とはいえないため、両罪はともに成立し、包括一罪となりうる関係にある1。
2 しかし、検察官は、被告人がVの土地を売却したことのみを公訴提起の対象としている。このように、検察官が成立しうる一罪のうちの一部のみを公訴提起の対象とすること(一罪の一部起訴)は許されるか。
(1) 当事者主義的訴訟構造(刑事訴訟法256条6項、298条1項、312条4項等)のもとでは、裁判官はあくまでも検察官が主張する具体的犯罪事実である訴因の範囲内でのみ審理・判断することができる。
また、刑事訴訟法において、起訴便宜主義(刑事訴訟法248条)が採用されており、検察官には犯罪の全部において不起訴とする裁量権が認められている。それならば、犯罪の一部について不起訴とすること、つまり、一部のみを起訴すること、も当然に検察官の裁量の範囲内といえる。
そこで、検察官が訴因の選択を合理的な裁量権の範囲内で行う場合には、検察官が成立しうる一罪のうちの一部のみを公訴提起の対象とすること(一罪の一部起訴)は許されると考える。
(2) 本問において、抵当権設定行為と所有権移転行為の双方について横領罪が成立しうるとしても、後者の方が委託信任関係の破壊の程度が大きく、犯罪として重大、悪質といえることを考慮して、後者のみを対象として公訴提起することも検察官の合理的な裁量権の範囲内といえる。
よって、検察官が、被告人がVの土地を売却したことのみを公訴提起の対象とすることは許される。
3(1) そして、一罪の一部起訴が適法といえるのであれば、裁判官は訴因の範囲内でのみ審理・判断することができると考えるべきである。
(2) 本問では、上記のとおり検察官の公訴提起が一罪の一部起訴として適法なものであるといえるため、裁判官は訴因とされた土地所有権移転行為についてのみ審理・判断することができ、抵当権設定行為については審理・判断すべきではない。
第2 設問(2)について
1 検察官は、被告人を強姦罪の手段行為である暴行罪で公訴提起している。このように、親告罪たる強姦罪の一部を構成する暴行罪を訴因として選択して公訴提起することは許されるか。
(1) 上述のとおり、検察官が訴因の選択を合理的な裁量権の範囲内で行う場合には、一罪の一部起訴は許されると考えられる。
(2) 本問において、検察官は強姦被疑事件において、公訴提起するに足りる嫌疑が認められ、公訴提起を行う必要性が認められる。しかし、被害者の告訴が得られなかったため、親告罪たる強姦罪として公訴提起することはできない。そこで、検察官は強姦罪の一部たる暴行罪でのみ訴追処罰する意思で訴因を選択したものである。
以上の事情に鑑みると、本問のような訴因の選択は検察官の合理的な裁量権の範囲内にあるため、許されるとも思える。
2(1) そうだとしても、親告罪たる強姦罪の一部を構成する暴行罪で公訴提起した場合には、おのずと暴行の契機や動機について審理・判断されることとなるため、公開の法廷で強姦の事実が明らかとなるおそれがある。
それならば、このような一部起訴は法が強姦罪を親告罪として定めた趣旨に反する。
よって、告罪たる強姦罪の一部を構成する暴行罪を訴因として選択して公訴提起することは検察官の合理的な裁量を逸脱するものといえ、許されないと考えるべきである。
(2) 本問においても、暴行罪を訴因として選択して公訴提起することは許されないと思える。
3(1) 裁量権を逸脱する公訴提起が行われた以上は、当該公訴提起は違法・無効なものといえ、裁判所は公訴棄却判決(刑事訴訟法338条4号)をすべきと考えられる。
(2)ア しかし、公訴棄却判決を下すためには、公開の法廷において、訴因として設定された暴行罪が強姦罪の一部をなすことが主張立証される必要があり,被告人が公訴棄却判決を導くために強姦に関する事実を主張することを許さざるを得なくなる。この場合には、強姦事実が公開の法廷に顕出し,強姦罪を親告罪とした趣旨に反する結果となるため、妥当とは言い難い。
イ 上記の問題点を解消するため、当該公訴提起は裁量権の行使として妥当とは言い難いものの、適法であると捉えるべきである。そして,公訴提起が適法である以上は、裁判所がこれを理由として公訴棄却判決を導くことはないため,公開の法廷において、訴因として設定された暴行罪が強姦罪の一部をなすことが主張立証される必要はない。そこで,裁判所は訴因を構成しない強姦を基礎付ける事実についての主張立証を厳格に禁じた上で、暴行罪の成否について審理・判断すべきである。
4 以上より、裁判所は本件暴行が強姦罪の一部であるかを審理・判断することなく、暴行罪の成否について検討すべきである。
Footnotes
- 構成要件に該当し,違法性・責任が阻却されない場合には,犯罪は成立するといえます。そして,犯罪とは,刑罰法規の適用可能性を示す概念をいえます。それならば,構成要件に該当し,違法性・責任が阻却されないのであれば,刑罰法規の適用可能性があるということになります。刑罰法規の適用可能性があるか否かという話と,刑罰を実際に適用するかという話はまったく別の話のはずです。今回の抵当権設定行為と売却行為とは,評価の中に共通する部分があるため,いずれも単独で処罰することは,評価が共通する部分について実質的に二重の処罰を下すものであり,妥当ではない犯罪です。しかし,それは犯罪の成立の問題ではなく,処罰の重複に関する問題です。いずれも犯罪としては成立するが,評価として共通する部分について二重に処罰することを避けるため,いずれかの犯罪にもう一方の犯罪を吸収させ,その犯罪の中でもう一方についての評価を反映した量刑を行うというものにすぎません(評価が重ならない部分については量刑上罰せられるため,吸収された側の犯罪も処罰の対象とはなっています。この意味で,共に罰せられているため,共罰的行為といえるでしょう。)。これらより,抵当権設定行為が売却行為についての横領罪の成立を否定する事情でないことは明らかといえるはずです。井田良『講義刑法学・各論(初版)』309頁,井田良『講義刑法学・総論(初版)』525頁参照。
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