第1 設問前段について
1 XはYに対して筆界確定訴訟を提起している。Yは予備的主張として、Xに当事者適格が認められない旨を主張している。その当否を検討する前提として、筆界確定訴訟における当事者適格はどのように判断すべきか。
(1) 当事者適格とは、特定の訴訟物につき、当事者として訴訟を追行して本案判決を受ける資格をいう。民事訴訟が実体法上の権利を実現、処分に関する手続である以上は、当事者適格の有無は実体法上の管理処分権の帰属態様を考慮すべきである。
その他方で、当事者適格は、訴訟追行権という訴訟上の権能に関わる問題としての側面も有しているため、紛争解決の実効性や手続保障、訴訟経済など、訴訟政策的な見地からの考慮も不可欠である。
そこで、実体法上の管理処分権の帰属態様を基準としつつ、訴訟政策的観点から調整を図りながら、当事者適格の有無を判断すべきである。
(2)ア 筆界確定訴訟とは、隣接する土地の公法上の境界線が不明な場合に、判決によって境界線を定める訴えをいう。
イ 筆界確定訴訟の訴訟の対象は実体法上の土地所有権であり、訴訟の目的はその境界を確定することにある。それならば、筆界が問題となっている部分に隣接する土地について実体法上の管理処分権が帰属する主体に当事者適格を認めるべきである。
ウ そして、訴訟経済を考慮すべきこと、一度の訴訟手続で紛争を解決すべきであること、そのためには利害関係人すべてに手続保障がみたされる必要があること、などを考慮して、筆界が問題となっている部分に隣接する土地について実体法上の管理処分権が帰属する主体全員が訴訟に関与する必要がある。
エ 以上より、筆界確定訴訟においては、筆界が問題となっている部分に隣接する土地について実体法上の管理処分権が帰属する主体全員が訴訟に関与している場合にのみ、上記主体に当事者適格が認められる(すなわち、隣接する土地のいずれかが共有関係にある場合には、共有者全員が原告、被告となるべき固有必要的共同訴訟となる)。
(3) 本問において問題となっている筆界は、Xが所有する甲地と、Yが所有する乙地との間に部分に位置しているため、XとYに当事者適格が認められるのが原則である。
2 しかし、裁判所はabcdで囲まれた部分について取得時効が成立するとの判断のもとで、筆界をcdとの心証を抱いている。この場合には、筆界として裁判所が想定しているcdにX所有の甲地が隣接しないこととなり、当事者適格が認められないこととなると考えられる。
(1) もっとも、実体審理を遂げた後に取得時効が認められることなどを理由として、筆界に隣接しない土地所有者の当事者適格を否定すれば、それまでに積み重ねられた審理が無駄となり、紛争解決の実効性の観点から妥当でない。
また、取得時効が成立した場合にその部分を当事者間で分筆する前提として筆界をまずは確定させる必要があるため、訴え却下判決とすべきでない。
そこで、裁判所が想定している筆界に対して、取得時効等の主張によって自身が所有する土地が隣接しないこととなった当事者についても、当事者適格は認められるべきであると考える。
(2) そこで、本問においても、Xの当事者適格は認められる。そして、裁判所はcdを筆界とする判決を出すことができる。
第2 設問後段について
1 cdを筆界とする第一審判決が出された後に、Yがこれを不服として控訴提起した(民事訴訟法286条1項)。
しかし、控訴審はアイを筆界とする判断に至っており、この判断はY所有の乙地の範囲を第一審判決が確定した筆界によるよりも縮小するものである。これは、「不服申立ての限度においてのみ」第一審判決の変更ができるとした民事訴訟法304条に反しないか。筆界確定訴訟において、不利益変更禁止の原則が及ぶかが問題となる。
(1) 筆界は地番の範囲を確定する指標であり、地番によって表示される一筆の土地は私的所有や取引の単位であるため、当事者が自由に筆界を決められるとも思える。しかし、地番は課税上の単位となる以上、私人が自由に決められる性質のものではない。そのため、筆界確定訴訟の法的性質は、裁判官が合目的的に裁量で法律関係を形成できる形式的形成訴訟と考えるべきである。
(2) 不利益変更禁止の原則が認められる趣旨は、控訴当事者が不服を申し立てていない範囲についてまで裁判所が判決をすることは、処分権主義(民事訴訟法246条参照)の観点から許されない点にある。しかし、形式的形成訴訟において、裁判官が合目的的に裁量で法律関係を形成できることを認める以上は、処分権主義(民事訴訟法246条参照)の妥当範囲にあるとはいえないため、不利益変更禁止の原則が妥当する基礎を欠いている。
また、前述のとおり、地番は課税上の単位となり、公法上の権利関係としての側面を有するため、私人が自由に決められる性質のものではない。それならば、筆界確定において、当事者に固有の利害関係に左右されることなく、客観的に正確な筆界を確定する必要性がある。
そこで、筆界確定訴訟において、不利益変更禁止の原則は及ばない。
(3) したがって、控訴審の上記判断は民事訴訟法304条に反しない。
2 以上より、控訴審はアイを筆界とする判断に至った場合には、アイを筆界とする判決をすべきである。
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