1 XがYに対して、口頭弁論終結時から将来の被害が病む時までに生ずる精神的・身体的被害を理由とする損害額の支払を求める訴えを提起している。この訴えは、事実審口頭弁論終結時においてなお履行すべき状態にない請求権についてあらかじめ給付判決を求める訴えといえ、将来給付の訴えに当たる。
2 将来給付の訴えは、「あらかじめその請求をする必要」があるときにのみ提起できる(民事訴訟法135条)。そこで、この必要が認められ、この訴えは適法に提起されたものといえるか。どのような場合に将来の給付の訴えの利益が認められるかが問題となる。
(1) 未だ履行すべき状態にない給付債務についても、あらかじめ給付判決を求める原告の利益は保護に値する。しかし、その請求が認容された場合には、被告はその確定判決を債務名義(民事執行法22条1号)として強制執行がなされるのを防ぐために、請求異議の訴え(民事執行法35条1項)を提起しなければならなくなる。これは被告にとって大きな不利益、負担といえるため、被告にそのような不利益を課すことが正当化される場合に限って将来給付判決を求める適格を認めることが民事訴訟法135条の趣旨といえる。
そこで、将来の給付の訴えの利益は、①請求の基礎となるべき事実関係及び法律関係が既に存在し、その継続が予想され、②請求権の存否及びその内容につき債務者に有利な将来の事情の変動が予め明確に予測しうる事情があり、③このような事情の変動を請求異議の訴えにより立証する負担を債務者に課しても不当とはいえない場合に限り、認められると考える。
(2)ア Y病院はXの自宅の隣地で操業しており、X宅との境界線上に設置したエアコンの室外機を設置している。エアコンの室外機は一定程度の騒音を発生させることは経験則上予想されるため、Xの主張どおり、Y病院がXに対して精神的・身体的被害を生じさせたとして、XのYに対する不法行為請求権(民法709条)が発生しうる法律関係にある。
そして、病院の運営を継続する限りはエアコンを撤去することは想定しづらい。また、実際にY病院は訴訟内の主張として、室外機を全部撤去し代替策を講じることを必要費用が過大であることを理由として拒んでいる。それならば、Y病院のXに対する侵害は継続することが予想される。
イ Y病院が騒音規制法等の基準を超えるような騒音をXに対して及ぼさないための方法は、室外機のうちの全部もしくは一部を撤去する、室外機に対してさらなる防音対策を施す、など多岐に渡るため、Y病院に有利な将来の事情変動が予め明確に予測しうる事情があるとはいえない。
ウ それならば、Y病院が将来に請求異議の訴えを提起した時に争うべき対象が限定されているとはいえず、Y病院に有利な事情の変動を請求異議の訴えにより立証する負担を債務者に課すことは不当といえる。
(3) よって、Xには将来給付の訴えの利益が認められない。
3 以上より、Xが上記訴えを「あらかじめその請求をする必要」が認められないため、この訴えは適法に提起されたものとはいえない。したがって、裁判所は訴え却下判決を出すべきである。
4 なお、仮に上記訴えが認容された場合には、上記のとおり、Xはその確定判決を債務名義として強制執行に着手するという方法で判決の実現を図ることになる。その場合には、Y病院は、この執行を防ぐために、請求異議の訴えを提起し、この執行が不当であることを主張立証する負担を課せられる。この点でY病院は不利益を受ける。
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