【事例演習 刑事訴訟法】21:自白の証拠能力②

事例演習 刑事訴訟法
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1 前提として、警察官KがXに対して行った取調べによって得られた自白は、警察官Kが自白をすれば不起訴である旨の約束を行ったことに起因するため、「その他任意でなされたものでない自白」(刑事訴訟法319条1項)に当たり、証拠として用いることができないのではないかを検討する。「その他任意でなされたものでない自白」に当たるか否かの判断基準が問題となる。

(1) 不任意自白の証拠能力が排除される趣旨は、不任意自白は虚偽であるおそれが類型的に高いため、誤まった判断を招来する危険性がある点にある。

そこで、不任意自白に当たるか否かは、虚偽の自白を誘発するおそれのある状況の有無によって判断すべきである。

(2)ア 警察官Kは、自白の内容として覚せい剤の隠匿場所を明らかにするようXに促していることから、警察官Kは、積極的に自白を促す目的で取調べを行っていたといえる。そして、自白採取を促す手段として、不起訴にする旨を約束している。被疑者が不起訴になれば、もはや罪に問われないため、自白をすることに心理的強制を感じることは避けられない。これらにかんがみると、警察官Kは虚偽の自白を誘発するおそれのある状況を作り出していたといえる。

イ よって、警察官KがXに対して行った取調べによって得られた自白は「その他任意でなされたものでない自白」に当たるため、証拠として用いることができない

2 証拠として用いることができない自白をもとにして、捜索差押許可状が発付され、覚せい剤が差し押さえられた。本件覚せい剤は、その差押えに至った経緯にかんがみて,証拠とすることができないのではないか不任意自白に基づいて得られた派生的証拠の証拠能力の有無が問題となる。

(1) 不任意自白に基づいて得られた派生的証拠自体は,「その他任意でなされたものでない自白」(刑事訴訟法319条1項)には当たらないし、虚偽が介入する危険が生じないため、原則としては,319条1項によって証拠能力が否定されることにはならない。

もっとも,派生的証拠が自白と一体と評価できる程度に密接な関連性を有している場合には,自白の内容を前提としなければ要証事実との関連性が認められないため,319条1項の趣旨にかんがみて,証拠能力を認めるべきではない

(2) 本問では,不任意自白がなされた後、それによって直接的に覚せい剤の差押えへと至ったものではなく、その過程には裁判所による捜索差押許可状の発付が介在している。この手続により、覚せい剤の差押えに対する司法的審査が備わっているため、不任意自白と派生的証拠とが一体と評価できる程度の関連性は認められない

(3) よって,本件覚せい剤を319条1項を根拠として証拠排除することはできない

3 そうだとしても,上記自白の採取手続に違法な点があり,違法に収集された証拠に基づく派生的証拠であることを理由として,本件覚せい剤の証拠能力を否定することはできないか

(1) 司法の廉潔性,適正手続の保障(憲法31条),将来の違法捜査抑止,の観点から,違法に収集された証拠の証拠能力は認めるべきではない。もっとも,証拠収集手続に軽微な瑕疵があるに過ぎない場合に証拠排除することは,真実発見の見地からは妥当ではないため,①令状主義の精神を没却するような重大な違法があり,②将来の違法捜査抑止の観点から証拠排除することが相当といえる場合にのみ,証拠能力が否定されると考える。

(2) 上記自白の採取手続に不起訴にする旨の約束がなされたことは,前述のとおり,319条1項によって自白の証拠能力が排除される理由となるため,違法性が認められるものの,自らの意思によって供述をしている以上は,令状主義の精神を没却するような重大な違法があるとまではいえない。また,覚せい剤の証拠価値が大きいこと,自白採取手続との関連性が高度とはいえないことから,証拠排除することも相当といえる。よって,上記自白は違法に収集された証拠として,証拠能力が否定されることにはならない

(3) したがって,本件覚せい剤の証拠能力は認められるため,証拠として用いることができる

4 Xは検察官Pに対して、警察官Kに行ったのと同様の自白をしている。Xが検察官Pに対して行った自白は、警察官Kに対して行った自白の不任意性が波及し、証拠として用いることができないのではないか反復自白の証拠能力が問題となる。

(1) 反復自白についても、不任意自白と評価できる場合には、証拠として用いることができないと考える。そして、反復自白それ自体について虚偽の自白を誘発する危険や黙秘権等の人権侵害の危険がなかったとしても、第一自白の危険が波及しうるため、第一自白との関係を考慮すべきである。

そこで、第一自白の不任意性をもたらした事情が反復自白を行った際にも残存している場合、または、第一自白の心理的強制による影響が有効に遮断されたとはいえない場合には、反復自白の証拠能力を否定すべきと考える。そして、第一自白の影響の残存しているか、遮断されているかについて、具体的には、各取調べ間の方法・主体・目的が同一性、各取調べ間の時間的間隔、場所的近接性、第一自白後の弁護人との接見の有無、等の事情を考慮すべきである。

(2) 取調べの主体は警察官から検察官に変わったという事情はあるものの、被疑者から見て、捜査機関であることに変わりはないため、一旦行った自白を覆すに至る心理的影響を及ぼすような事情とはいえない。よって、この点で影響力の遮断があったとはいえない。したがって、他に特段の遮断措置が採られていたといえない限り、第一自白の不任意性をもたらした事情が残存しているといえず、本件反復自白は証拠能力が否定される

(3) 以上より、上記特段の事情がない限り、Xの検察官Pに対する自白はXの公判において、証拠とすることができない

【虚偽排除説と人権擁護説を併立することを試みた構成】5

1 前提として、警察官KがXに対して行った取調べによって得られた自白は、警察官Kが自白をすれば不起訴である旨の約束を行ったことに起因するため、「その他任意でなされたものでない自白」(刑事訴訟法319条1項)に当たり、証拠として用いることができないのではないかを検討する。「その他任意でなされたものでない自白」に当たるか否かの判断基準が問題となる。

(1) 不任意自白の証拠能力が排除される趣旨は、不任意自白は虚偽であるおそれが類型的に高いため、誤まった判断を招来する危険性がある点や、黙秘権を中心とする被疑者の人権への侵害を防止し、それによって、人権保障の実効性を担保する点,すなわち,任意性が認められない点にある。

そこで、不任意自白に当たるか否かは、①虚偽の自白を誘発するおそれのある状況の有無②黙秘権を中心とする被疑者の人権を不当に圧迫する状況の有無、すなわち,任意性を失わせるような事情があったか否か,によって判断すべきである。

(2)ア 警察官Kは、自白の内容として覚せい剤の隠匿場所を明らかにするようXに促していることから、警察官Kは、積極的に自白を促す目的で取調べを行っていたといえる。そして、自白採取を促す手段として、不起訴にする旨を約束している。被疑者が不起訴になれば、もはや罪に問われないため、自白をすることに心理的強制を感じることはやむを得ない。これらにかんがみると、警察官Kは虚偽の自白を誘発するおそれのある状況を作り出していたといえる。

イ Xは前述のとおり、警察官Kから、自白をすることを心理的に強制される状況にあった。そのため、Xが黙秘権を行使すること、供述を自由に行うことは一定の不当な圧迫を受ける状況にあったといえる。

ウ よって,Xの自白の任意性を失わせるような事情があったといえる。

ウ したがって、警察官KがXに対して行った取調べによって得られた自白は「その他任意でなされたものでない自白」に当たるため、証拠として用いることができない

2 証拠として用いることができない自白をもとにして、捜索差押許可状が発付され、覚せい剤が差し押さえられた。本件覚せい剤は、その差押えに至った経緯にかんがみて証拠とすることができないのではないか不任意自白に基づいて得られた派生的証拠の証拠能力の有無が問題となる。

(1) 確かに、不任意自白に基づいて得られた派生的証拠自体は「その他任意でなされたものでない自白」(刑事訴訟法319条1項)には当たらないし、虚偽が介入する危険や、黙秘権等の人権の侵害のおそれを生じさせる証拠とはいえない。

しかし、不任意自白に基づく派生的証拠の証拠能力を無条件に肯定すると、派生的証拠獲得のために、黙秘権等の人権を侵害する危険があったとしても、それにかかわりなく自白の採取手続がなされることとなりかねない6。そのような自白採取手続を許容するのであれば、自白の任意性を失わせるような事情を伴った自白採取手続を肯定していることに等しく,不任意自白の証拠能力を否定した刑事訴訟法319条1項の趣旨を損なってしまう

そこで、不任意自白と派生的証拠との因果性の程度、派生的証拠の重要性7、等の事情を総合的に考慮して、派生的証拠の証拠能力が認められるかを判断すべきと考える。

(2)ア 不任意自白がなされた後、それによって直接的に覚せい剤の差押えへと至ったものではなく、その過程には裁判所による捜索差押許可状の発付が介在している。この手続により、覚せい剤の差押えに対する司法的審査が備わっているため、不任意自白の証拠能力評価がそのまま及ぶほどに不任意自白と派生的証拠との関連性が強度であるとはいいがたい

イ 本件において覚せい剤は、XとYが共謀してAに対して覚せい剤を譲渡した事実についての決定的な証拠価値を有するため、犯罪解明にとって不可欠であるといえ、証拠の排除効を波及させるべきではない

ウ したがって、本件覚せい剤の証拠能力は認められる

(3) 以上より、本件覚せい剤はXの公判において、証拠とすることができる

3 Xは検察官Pに対して、警察官Kに行ったのと同様の自白をしている。Xが検察官Pに対して行った自白は、警察官Kに対して行った自白の不任意性が波及し、証拠として用いることができないのではないか反復自白の証拠能力が問題となる。

(1) 反復自白についても、不任意自白と評価できる場合には、証拠として用いることができないと考える。そして、反復自白それ自体について虚偽の自白を誘発する危険や黙秘権等の人権侵害の危険がなかったとしても、第一自白の危険が波及しうるため、第一自白との関係を考慮すべきである。

そこで、第一自白の不任意性をもたらした事情が反復自白を行った際にも残存している場合、または、第一自白の心理的強制による影響が有効に遮断されたとはいえない場合には、反復自白の証拠能力を否定すべきと考える。そして、第一自白の影響の残存しているか、遮断されているかについて、具体的には、各取調べ間の方法・主体・目的が同一性、各取調べ間の時間的間隔、場所的近接性、第一自白後の弁護人との接見の有無、等の事情を考慮すべきである。

(2) 取調べの主体は警察官から検察官に変わったという事情はあるものの、被疑者から見て、捜査機関であることに変わりはない8ため、一旦行った自白を覆すに至る心理的影響を及ぼすような事情とはいえない。よって、この点で影響力の遮断があったとはいえない。したがって、他に特段の遮断措置が採られていたといえない限り、第一自白の不任意性をもたらした事情が残存しているといえず、本件反復自白は証拠能力が否定される

(3) 以上より、上記特段の事情がない限り、Xの検察官Pに対する自白はXの公判において、証拠とすることができない

Footnotes

  1. 当初はこの構成で書いていたのですが,第一自白を虚偽排除説で排除しておきながら,派生的証拠の排除の根拠として,別の論理である人権擁護説を持ち出すのは,論理的整合性の点で怪しいと思います。今はこの書き方をすることはないです。任意性という大きなくくりで捉えて,任意性説の2つの(いわば異質な)根拠を,都合よく持ち出して良いのだとすれば,筋が通るかもしれませんが,あまり良い筋ではないような気がしています……。
  2. ここで、「不任意自白に基づく派生的証拠の証拠能力を無条件に肯定する場合には、虚偽の自白を誘発する状況があったとしても、それにかかわりなく自白の採取手続がなされる可能性があるため、妥当ではない」という趣旨を含ませることも一見妥当なように思えます。しかし、虚偽の自白を排除する目的を、虚偽の自白に基づいて裁判所が誤った判断を下す危険性に求めるのであれば、この派生的証拠自体に「虚偽の自白による誤判の危険性」が含まれない以上は、上記記述は妥当ではありません。この意味で、虚偽排除説のみを用いる場合には、別の排除目的を前提とするのでない限りは、派生的証拠を自白法則によって排除することはできないと思われます(おそらく古江291頁以下も同旨)。
  3. ここで、派生的証拠の重要性を考慮することは、自白と一体と評価できるほど自白との結びつきが強い派生的証拠について排除すべきである他方で、証拠としての重要性がある派生的証拠については、実体的真実発見(=犯罪事実の解明)の観点から証拠能力を認めるべきである、という2つの反対する要請の調整、比較衡量にあると考えられます(古江294頁参照)。この考え方を前提とする限りは、派生的証拠が重要である場合には、証拠能力を認めるべきであり、派生的証拠が重要でない場合には、証拠能力を否定すべき、という方向性で検討することになるでしょう。
  4. ここで、警察官と検察官との間に違いがない、という評価を下すことが必然と言えるのであれば、取調べの主体として警察官と検察官以外が考えられない以上は、考慮要素として、「各取調べ間の主体の同一性」を含める必要性がないのかな,と思いました。しかし、このことが一般的に考慮要素としてあげられる以上は、別の評価ができる要素であるはずなので,今後、警察官と検察官という主体の違いによって何が具体的に異なるのかを検討する必要があります(個人的な課題)。
  5. 当初はこの構成で書いていたのですが,第一自白を虚偽排除説で排除しておきながら,派生的証拠の排除の根拠として,別の論理である人権擁護説を持ち出すのは,論理的整合性の点で怪しいと思います。今はこの書き方をすることはないです。任意性という大きなくくりで捉えて,任意性説の2つの(いわば異質な)根拠を,都合よく持ち出して良いのだとすれば,筋が通るかもしれませんが,あまり良い筋ではないような気がしています……。
  6. ここで、「不任意自白に基づく派生的証拠の証拠能力を無条件に肯定する場合には、虚偽の自白を誘発する状況があったとしても、それにかかわりなく自白の採取手続がなされる可能性があるため、妥当ではない」という趣旨を含ませることも一見妥当なように思えます。しかし、虚偽の自白を排除する目的を、虚偽の自白に基づいて裁判所が誤った判断を下す危険性に求めるのであれば、この派生的証拠自体に「虚偽の自白による誤判の危険性」が含まれない以上は、上記記述は妥当ではありません。この意味で、虚偽排除説のみを用いる場合には、別の排除目的を前提とするのでない限りは、派生的証拠を自白法則によって排除することはできないと思われます(おそらく古江291頁以下も同旨)。
  7. ここで、派生的証拠の重要性を考慮することは、自白と一体と評価できるほど自白との結びつきが強い派生的証拠について排除すべきである他方で、証拠としての重要性がある派生的証拠については、実体的真実発見(=犯罪事実の解明)の観点から証拠能力を認めるべきである、という2つの反対する要請の調整、比較衡量にあると考えられます(古江294頁参照)。この考え方を前提とする限りは、派生的証拠が重要である場合には、証拠能力を認めるべきであり、派生的証拠が重要でない場合には、証拠能力を否定すべき、という方向性で検討することになるでしょう。
  8. ここで、警察官と検察官との間に違いがない、という評価を下すことが必然と言えるのであれば、取調べの主体として警察官と検察官以外が考えられない以上は、考慮要素として、「各取調べ間の主体の同一性」を含める必要性がないのかな,と思いました。しかし、このことが一般的に考慮要素としてあげられる以上は、別の評価ができる要素であるはずなので,今後、警察官と検察官という主体の違いによって何が具体的に異なるのかを検討する必要があります(個人的な課題)。

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