【Law Practice 民事訴訟法】21:自白の撤回

Law Practice 民事訴訟法
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1 Yの代理人であるA弁護士がXの主張を認める旨の陳述をした点に,裁判上の「自白」(民事訴訟法179条)は成立するか

(1) 裁判上の自白とは,期日において相手方の主張する,自己に不利益な事実を認めて争わない旨の当事者の弁論としての陳述をいう。そして,間接事実や補助事実が証拠と同等の機能を有しており,これに自白の拘束力を及ぼすと自由心証主義に対する制約となるため,自白の成立範囲は,主要事実に限られるべきである。また,自己に不利益かどうかは,証明責任の分配によって判断し,自己に有利な効果を発生させる適用法条の要件事実につき,証明責任を負うものと考える。

(2) Xが請負契約に基づいて請負報酬代金支払請求を行う場合に請求原因として主張立証しなければならない要件事実は,①XとYとの間の請負契約の締結②仕事の完成,であり,Xはこの点につき主張している。そして,A弁護士は,この事実について認める旨の陳述をしている。

上記事実は,Xに有利な効果を発生させる法規の要件を構成する主要事実である。よって,A弁護士がXの主張を認める旨の陳述をした点に,裁判上の自白が成立する

2 Y及びA弁護士は,本件自白を撤回することができるか裁判上の自白が成立した場合に,その自白を撤回することができるかが問題となる。

(1) 裁判上の自白が成立した場合には,相手方はその事実につき,訴訟上の有利な地位に立ち,その地位に対する信頼を抱いた上で,その後の訴訟手続を行うことになる。裁判上の「自白」を撤回することは,そのような相手方の信頼を著しく害する行為といえるし,また,以前と矛盾する言動をする点で,信義則に反する行為といえる。

そこで,原則として,裁判上の自白を撤回することはできない

(2) もっとも,相手方の信頼を害するとはいえない場合や,信義則違反と評価すべきでない特段の事情がある場合には,裁判上の自白の撤回を認めないとして根拠は妥当しないため,自白の撤回は認められるべきである。

具体的には,①刑事上罰すべき他人の行為(民事訴訟法338条1項5号)によって自白をした場合,②自白の撤回に対して,相手方が同意がした場合,③自白の内容が真実に反し,かつ,自白が錯誤に基づいて行われた場合,に自白の撤回が認められると考える。

(3) 以上より,上記事情が認められる場合に,Y及びA弁護士は,本件自白を撤回することができる

3 それでは,Y及びA弁護士はいかなる事実を主張立証すれば,本件自白の撤回を行うことができるか1

(1) ①について

Xが,洗面所の工事が未完成であることを知っていながら,Yにそれを秘して引渡しを行い,不正といえる形で報酬代金を得ようとしていた場合には,その欺罔行為に基づき,Yが洗面所も完成したとの錯誤に陥り,それにより,Xは,契約上想定されていない形,すなわち,契約不適合を備えた形でYに受領させ,報酬代金の支払債務の現実化,すなわち,報酬代金に関する同時履行の抗弁権の排除(民法633条参照)という利益2を得ているため,詐欺利得罪(刑法246条2項)が成立しうる

このような場合には,Xの刑事上罰すべき行為を原因としてYの代理人である弁護士Aが自白に及んだものであるため,上記事実をY及び弁護士Aが主張立証すれば,本件自白を撤回することができる

(2) ②について

仮に相手方たるXが自白の撤回に同意したという事情があれば,Y及び弁護士Aはその事実を主張立証すれば,本件自白を撤回することができる

(3) ③について

ア 仮に洗面所の工事が未完成であることを弁護士Aが知っていたのであれば,そのことを前提とした抗弁,または否認がなされるはずである。そのため,弁護士Aが行った自白の内容は,「契約に適合した状態で」Yが自宅の引渡しを受けたことであると解釈できる

イ 本件自白の内容をそのように解釈すれば,現実として,洗面所の工事が未完成であるという「契約に適合しない」状態が存在する以上,弁護士Aの自白は真実に反するものといえる。そして,真実に反する自白を行ったことは,弁護士Aが錯誤に陥っていたことを推定させるため,錯誤に関する事実を主張立証する必要はない。よって,Y及び弁護士Aは本件自白が真実でないことを主張立証すれば,本件自白を撤回することができる


【疑問点】

仮にこの問題が,主張立証の内容を問うものではなく,自白の撤回ができるかを問う問題であれば,③について,以下のように構成すれば良いのでしょうか。本問はY側の主張立証の内容を尋ねるものであり,重過失については相手方Xが抗弁として主張すべき内容であるため,答案に書く必要はないと考えました。

(3) ③について

ア(ア) 仮に洗面所の工事が未完成であることを弁護士Aが知っていたのであれば,そのことを前提とした抗弁,または否認がなされるはずである。そのため,弁護士Aが行った自白の内容は,「契約に適合しない状態で」Yが自宅の引渡しを受けたことであると解釈できる

(イ) 本件自白の内容をそのように解釈すれば,現実として,洗面所の工事が未完成であるという契約に適合しない状態が存在する以上,弁護士Aの自白は真実に反するものといえる。そして,真実に反する自白を行ったことは,弁護士Aが錯誤に陥っていたことを推定させるため,弁護士Aは本件自白が真実でないことを主張立証すれば,本件自白を撤回することができるとも思える。

イ(ア) しかし,真実に反する内容の自白がなされた場合に,常に自白を撤回させることは,訴訟手続の安定性,相手方保護の見地から妥当性を欠くため,やや厳格に考えるべきである。具体的には,自白者が自白内容が真実に反する自白をしたことが,重大な過失に基づく場合には,自白の撤回を認めるべきではないと考える。

(イ) 請負契約の引渡しを受けた場合には,引渡しを受けた物が契約に適合するものかを確認すべきであるし,訴訟上の争点となりうる場合には,その確認義務は高度に要求される。引き渡された目的物が契約に適合するか否かの調査が完了しない段階においても,調査が未了であることを理由として,否認することも十分に可能であったにもかかわらず,そのような方策に出なかったY及び弁護士Aには,本件自白を行った点について重大な過失があるといわざるをえない。

よって,Y及び弁護士Aが本件自白が真実でないことを主張立証したとしても,本件自白がY及び弁護士Aの重過失に基づいて撤回されたものであるため,本件自白の撤回は認められない

Footnotes

  1. 正直,①と②の当てはめはなくても良いような気がしています。無理やり仮定的事情を付け加えて,試しに当てはめてみた,というものです。仮定的事情を考慮しない場合には,(1) 規範にそもそも①と②を書かない,(2) ①と②を規範の部分で書いた上で,これらを当てはめ段階で無視する,(3) 当てはめで①②の事情は認められない,と認定する,の3択が答案作成上の方策になりそうですね。どれが適切なのでしょうか。
  2. そもそも,ここでこのような架空といえそうな状況についての当てはめをすべきかは大いに疑問の余地があります。仮にここでこのような架空の事情を踏まえた当てはめをするとしても,詐欺利得罪が成立するのかはやや理解が困難でした。詐欺利得罪の処分行為として,ここでは,「一定の給付を債務の履行として受け取ること」を想定しています(井田各論・264頁)。財産上の損害に関しては,契約に適合した履行を受けられなかったことと構成すべきでしょうか。

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