1(1) 裁判所は,当事者間に争いのある事実について認定するためには,当事者が提出した証拠によらなければならない(証拠裁判主義)。
(2) 本問では,XがYに対して,不法行為に基づく損害賠償請求権を行う際に,XがXの障害等とルンバールの施術との間の因果関係についての立証責任を有しており,Yはその存在を否認している。よって,本件因果関係は,当事者間に争いのある事実となっている。裁判所が本件因果関係を肯定するためには,裁判所は自由心証によることはできず,XとYとが提出した証拠によらなければならない。
2 証拠に基づき,事実認定を行う際には,その証明の程度が,裁判官の心証を一定程度上回る必要がある。裁判官が事実認定を行うに際して,どの程度の証明度が必要とされるのかが問題となる。この点について,民事訴訟において,事実認定を行うためには,要証事実の存在につき,高度の蓋然性が認められる必要がある。そして,その判断は,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうる程度に至っているか否かによる。
3 それでは,本件において,Xの障害等とルンバールの施術との間の因果関係の存在についての心証が上記程度にまで至っているといえるか。
(1) 複数の鑑定意見が示すとおり,医学的には,本件因果関係の存在が肯定できるとは断定されていない。
(2)ア 本件ルンバールの施術の状況がミスを誘発しやすい状況でなされたことと,ミスを実際に生じさせていた可能性について
(ア) ルンバールの施術は,患者の嘔吐等のトラブルを防ぐため,食前や食後のように,食事に近接した時間は避けて行われるのが通常である。しかし,本件では,Bの都合を理由として,Xの食事直後に施術が行われている。また,これにより,Xは泣き叫ぶなどしていた。
このことは,Xの嘔吐等を引き起こしやすい状況下でかつ,Xが暴れやすい状況下で施術が行われたことを意味している。このことは,針を用いて的確に処置をする必要のある本件施術について,通常時と比べ,何らかの医療ミスを引き起こす可能性が高い状況にあったことを推認させる。
(イ) 施術が通常と比べて長時間に渡って行われたことは,Xによる抵抗を原因とする部分も否定できないが,B医師の施術を通常どおりの形で上手く行うことができなかったがために,針を通すなどの施術の行程を何度も繰り返していたことを推認させる。
イ 本件発作が化膿性髄膜炎の再燃を原因とするものではない可能性について
化膿性髄膜炎の再燃の可能性は通常は低く,Xの化膿性髄膜炎は実際に症状が軽快化しており,当時再燃するような特段の事情もなかった。このことは,本件発作が化膿性髄膜炎以外の原因によるものであることを推認させる。
ウ 本件発作がルンバール施術に起因した可能性について
Xの化膿性髄膜炎は,本件施術開始時までに軽快する傾向にあったのにもかかわらず,ルンバール施術開始後に嘔吐や痙攣等の発作が発生している。このことは,嘔吐や痙攣等の発作がルンバールの施術を原因として生じたこと,関連性,を推認させる。
エ 本件障害が脳出血を原因とする可能性について
(ア) Xにはもともと出血の傾向があった。上記施術が失敗を誘発しうる状況で行われたことと併せて考慮すると,このことは,生じた発作が脳出血に由来するものであることを推認させる。
(イ) カルテや証言から,医師BはXの退院までの間は,脳出血を原因と判断して治療をしていたことが判明している。このことは,施術担当者である医師Bが,Xの発作の原因が,化膿性髄膜炎の再燃にあるのではなく,脳出血にあることを認識していたことが非常に強く推認される。
(3) 以上のことから,確かに本件因果関係を断定できる状況にはないものの,本件ルンバールの施術が医療ミスを誘発しやすい状況で行われ,本件発作は化膿性髄膜炎に起因するのではなく,ルンバール施術中に生じた脳出血を原因として生じたものであることが推認される。これにょり,Xの障害等とルンバールの施術との間の因果関係の存在についての心証が通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうる程度にまで至っているといえる。
4 以上より,裁判所は,設問文中の事実を前提として,本件因果関係を肯定することができる。
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