【事例研究 行政法】第1部〔問題2〕ラブホテル建築規制条例をめぐる紛争

事例研究 行政法
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第1 設問1について

1 乙市市長の不同意の通知(以下では,「本件通知」という。)は,取消訴訟の対象としての「処分」(行政事件訴訟法3条2項かっこ書)といえるか

(1) 「処分」とは,公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち,その行為によって,直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいう

(2)ア 公権力性

本件通知は,乙市市長が,Aが行った申請(乙市条例(以下では,単に「条例」という。)3条2項)に対して,条例3条3項,4条1号に基づいて行ったものであり,法が認めた優越的地位に基づいて一方的に執行されたものといえる。よって,公権力性が認められる

イ 直接具体的法効果性

(ア) 本件通知は,上記のように,条例3条3項に基づいて行われた行為であるが,この行為自体は,単にAが行った申請に対して,同意しない旨の意思表示を示す事実的行為である。そして,同意しない旨が通知されたからといって,建築確認(建築基準法6条1項3号)が受けられなくなるなどの事情もなく,直接的に何らかの法的な効果が発生するわけではない

(イ) しかし,同意しない旨が決定されれば,後続行為として,中止命令(条例6条),及び,改善勧告・改善命令(条例7条),それら命令に違反した場合の罰則(条例11条)が課されることが想定されている。中止命令や改善命令が発せられれば,刑罰が科される危険性がある以上,その危険性は抽象的に発生しており,Aの地位に対する危険が生じているといえる。

(ウ) そして,乙市は,同様の事案においてほぼ確実に建築中止命令を出していると思われるため,本件通知は,相当程度の蓋然性をもって,上記危険を発生させるものといえる。これは,現在において直接的かつ具体的な法的効果を生じさせているものと同視できる

(エ) 確かに,中止命令や改善命令が出された段階で,それに対して,取消訴訟を提起することも考えられる。しかし,本件建築の着工が既に遅れており,借入金の利息は日々増加するばかりである。時間の経過とともに,Aが被る金銭的不利益が大きくなる以上は,現段階においても訴訟で争う対象とすることに合理性があるといえる。

(オ) よって,直接具体的法効果性が認められる

2 以上より,本件通知に「処分」性が認められる

第2 設問2について

1 Aは甲県の建築主事に対して,2016年1月12日に,建築確認の申請書を出した(建築基準法6条1項)。しかし,2016年3月10日時点でも,建築確認がなされず,検査済証が交付されないため(建築基準法6条4項),工事を開始することができない(建築基準法6条8項)。この不利益的状態を解消するため,Aは,甲県に対する抗告訴訟として,申請満足型義務付け訴訟(行政事件訴訟法3条6項2号),及び,不作為の違法確認の訴え(行政事件訴訟法3条5項)を提起することが考えられる

(1) それでは,本件において,申請型義務付け訴訟の訴訟要件がみたされるか

ア Aは建築基準法6条1項に基づいて建築確認の申請書を提出している。よって,「法令に基づく申請」(行政事件訴訟法3条6項2号,37条の3第1項1号,2項)がなされている。

イ 「一定の処分」(行政事件訴訟法3条6項1号)として,なされるべき行為が裁判所が判断可能な程度に特定されている必要があるが,甲県が行うべき処分として,建築確認が想定されており,その程度の特定性は備わっている

ウ 申請がなされた後,約2ヶ月間にわたって,想定される「処分」である建築確認がなされていない。建築基準法6条4項によると,最長でも申請の受理から35日以内に確認済証の交付すべき義務が定められていることや,Bが述べるとおり,行政事件実務において遅くとも1ヶ月以内に建築確認がなされるのが通常であることにかんがみると,「相当の期間」(行政事件訴訟法37条の3第1項1号)は既に経過している

エ そして,本件では,不作為の違法確認の訴えを併合提起する(行政事件訴訟法37条の3第3項1号)。

オ 以上より,本件において,申請型義務付け訴訟の訴訟要件がみたされる

(2) 続いて,不作為の違法確認の訴えの訴訟要件がみたされるか

ア 上記のとおり,「処分」についての「申請」がなされているため,原告適格がみたされる(行政事件訴訟法37条)。

イ 上記のとおり,「相当の期間内」になされるべき「処分」がその期間内に行われていない(行政事件訴訟法3条5項)。

ウ 以上より,不作為の違法確認の訴えの訴訟要件がみたされる

(3) よって,Aは,甲県に対して,申請満足型義務付け訴訟(行政事件訴訟法3条6項2号),及び,不作為の違法確認の訴え(行政事件訴訟法3条5項)を適法に提起できるため,これらの抗告訴訟を提起するべきである

2 甲県の対応の行政法上の評価

(1) 上記のとおり,甲県が「相当の期間内」が経過したにもかかわらず,行うべき建築確認を行っていない。この点で,行使すべき公権力を発動させなかったといえ,「違法」性(国家賠償法1条1項)があるといえる。

(2) 甲県は,その理由として,乙市との合意を経ること,Aのラブホテルの出店に対して反対運動が生じているため,その反対運動が沈静化させること,を行政指導をしていることを述べると想定される。このような行政指導は,甲県の上記不作為における違法性を阻却する事情といえるか

(3) 確かに,条例は,「市民の善良な風俗及び良好な社会環境の保持」を目的の1つとして提示している(条例1条)。よって,市民の反対運動が生じていることを考慮して,それを沈静化させるべき旨を指導し,そのために建築確認を留保することは,条例の目的に照らすと,一定程度の合理性がある。

しかし,行政指導はあくまでも相手方の任意の協力を求める形で行われなければならない(甲市行政手続条例32条1項)。また,建築確認は,基本的には裁量の余地のない確認的行為にすぎず,行政庁の主観を介入させるべき性質の行政行為ではない。それならば,相手方がこれに従わないことを理由として,不利益的取扱いをすることは建築確認に関する行政指導の性質に即さない

そこで,①建築主が建築確認を留保されるような行政指導に対してもはや協力できないとの意思を真摯かつ明確に表明している場合で,かつ,②建築主が行政指導に協力しないことが社会通念上正義の観念に反する特段の事情がない場合には,建築確認を行わないことについての違法性は阻却されない。

(4)ア Aは,甲県に対して,出店計画を変更する意思がないことを明確に告げているため,①はみたされる。

イ Aの建築予定であるラブホテルは,風営法上の規制を受ける構造や設備(風営法3条)を有していないため,風営法,及びその委任を受けた甲県条例の規制を受けない。そのため,乙市条例4条1号に反しているにすぎない。しかし,乙市条例が建築基準法6条1項にいう「建築基準関係規定」には該当しない以上は,Aの本件ラブホテル建築に関して,違法性を基礎付ける事情は何ら存在しない。それならば,行政指導に従わないことが社会通念上正義の観念に反する特段の事情があるとはいえない。よって,②はみたされる。

(5) 以上より,甲県の対応には,「違法」性があるといえる

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