第1 甲の罪責
1 甲が,平成25年10月ころから,Bの顔や手足を叩いた行為について,不法な有形力の行使であるため「暴行」といえ,暴行罪(刑法208条)が成立する。
2 甲が,平成25年12月20日に,Bの左頬を平手で一度殴打し,その後,頭部右側を手拳あるいは裏拳で5回殴打した行為について,傷害罪(刑法204条)が成立するかを検討する。
(1)ア 「傷害」とは,人の生理的機能に対する障害を生じさせることをいう。
イ 甲は,上記行為を行い,それによって,Bは倒れて仰向けになり,意識を失った。意識を失ったことは,脳への何らかの生理的機能に対する障害を引き起こしたものに他ならない。よって,甲の上記行為は「傷害」に当たる。
(2) 甲は,Bを殴打することについて,少なくとも故意(刑法38条1項)があったといえるため,故意に欠けるところはない1。
(3) よって,甲の上記行為に,傷害罪が成立する。
3 甲は,上記行為のあと,甲はBを病院へ連れて行かなかった。この不作為につき,殺人罪(刑法199条)が成立するか。
(1) この不作為は殺人罪の実行行為といえるか。不作為犯の実行行為性が認められるかが問題となる。
ア 実行行為とは,構成要件的結果を惹起する現実的危険性を発生させる行為をいう。そして,不作為によっても,かかる危険性は発生させることができる。よって,不作為犯の実行行為性は認められる。しかし,罪刑法定主義の観点から,処罰範囲を限定する必要があるため,作為との構成要件的同価値性があるといえる場合にのみ実行行為性を肯定すべきと考える。すなわち,①法的作為義務があり,これに違反し,②作為が可能かつ容易である場合にのみ,不作為犯の実行行為性が肯定されうる。
イ(ア) 甲がBを殴打した行為により,Bは気を失ったため,Bの生命侵害への危険は,甲によって惹起されている2。そして,乙はBを病院に連れて行くことについて消極的であり,現場である乙方には他に誰もいなかったため,Bの生命を救えるか否かという結果について,甲は排他的支配性を有していたといえる。また,甲は,Bの親権者であり,Bを適切な形で監護する民法上の義務を負う(民法820条)。したがって,甲には,Bを病院に連れて行くべき法的作為義務があった。しかし,甲はBを保護するために措置を採っていない。
(イ) そして,乙方から車で10分程度の場所に治療設備の整った病院があり,甲が乙に頼んでBを病院に連れて行くことや,救急車を呼ぶことは可能かつ容易だったといえる。
ウ Bは,意識を失い,生命の危機にあったため,必要な保護をしないことは,死の危険を生じさせる現実的危険性を有する。
エ 以上より,この不作為は,殺人罪の実行行為といえる。
(2) Bは,硬膜下出血,蜘蛛膜下出血等の傷害に伴う脳機能障害により死亡している。
(3)ア 不作為犯の因果関係について,条件関係を肯定するためには,一定の期待された作為がなされたら,その結果が発生しなかったことが合理的疑いを超える程度に確実であるという関係が認められることが必要である。
イ Bが傷害を受けた段階ですぐに病院に連れて行って治療を受けさせていれば,Bの救命が確実であったといえるため,上記作為を行っていれば,本件結果発生が回避できたことは確実であるといえ,また,上記危険性が結果へと現実化したといえるから,因果関係は認められる。
(4) 甲は,Bの生命が危険に瀕していることを認識していながら,乙との関係性を重視して,Bが死んでも構わないと考えていた。よって,未必の故意が認められ,これにより構成要件的故意は充足する。
(5) よって,甲の当該不作為について,殺人罪が成立する。なお,後述のとおり,保護責任者遺棄致死罪の限度で,乙との共同正犯の関係にある。
4 以上より,甲には,①暴行罪,②傷害罪,③殺人罪,が成立する。②と③とは,保護法益や侵害態様の類似,時間的場所的近接性が認められるため,②が③に吸収され,包括一罪となる。そこで,①と③とが併合罪(刑法45条前段)となる。甲は,この罪責を負う。
第2 乙の罪責
1 乙は,甲が上記傷害行為に及んでいるにもかかわらず,これに対して何もしなかった。この不作為について,傷害罪の幇助犯(刑法62条1項,204条)が成立するのではないか。
(1) 不作為による幇助の実行行為性が認められるかが問題となるが,不作為犯の実行行為性と同様の論理で肯定されるべきである。すなわち,①法的作為義務があり,これに違反し,②作為が可能かつ容易である場合にのみ,不作為犯の実行行為性が肯定されうる。
ア(ア) 確かに,乙とBとの間に親族関係は存在しないため,監護義務,もしくは,何らかの法的作為義務を負うものではないともいえる。
(イ) しかし,Bは乙方に住んでおり,Bの世話をすべき地位にある。また,そもそも,Bが乙方へやってきたきっかけは,乙が甲に対して,Bを連れた上での同居を提案したことにある。よって,Bの法益に対する一定程度の引受け,条理上・社会通念上の保護義務が認められる。そして,甲は,乙との関係性への不安から,Bに対する上記行為に及んだことと,乙しか甲の上記行為を止められる状況になかったことから,乙には甲が上記行為を行うに際しての排他的支配性を有していた。よって,乙には,甲の上記行為を止めるべき法的作為義務があったといえる。しかし,乙はそれについて何らの行為もしなかった。
イ 乙は,平成25年10月以降,甲のBに対する暴行行為について注意をしていた時期はあったものの,それ以降無関心となり,注意をしなくなったものと考えられる。当時は,甲に対して注意をしていたこと,それを甲は聞き入れていたことから,乙が甲の上記行為を止めることは可能かつ容易だったといえる。
ウ 乙の上記不作為は,甲によってBに傷害という結果を生じる危険性を惹起することを容易にするといえる。
エ よって,乙のこの不作為について,実行行為性が認められ,乙は「幇助」したといえる。
(2) Bに関して,上記傷害結果が生じている。
(3) 以前の甲と乙とのやりとりにかんがみると,乙が甲の上記行為を止めていれば,甲は複数回にわたってBを殴打することはなかったことが確実であるといえる。そして,この結果は,乙が甲の上記を止めなかったことの危険性が結果へと現実化したものであり,因果関係が認められる。
(4) 乙は,甲の上記行為を認識していながら,無関心を装っていた。このことから,乙は,甲が上記行為に及ぶことを認容していたといえ,故意が認められる。
(5) 以上より,乙のこの不作為について,傷害罪の幇助犯が成立する。
2 乙がBを病院に連れて行かなかった点について,保護責任者遺棄致死罪(刑法219条,218条)が成立するのではないか。
(1) Bは,上記のとおり,甲の上記行為直後は,生命の危険に直面していたため,「病者」に当たる。
(2) 乙は上記のとおり,Bの法益に対する引受けが認められる。そして,甲がBを病院に連れて行くことを拒んでいる以上,Bの法益を保護できるか否かについては,乙に排他的支配性がある。そのため,乙がBを病院に連れて行くことについて,法的作為義務が認められる。よって,乙はBを「保護する責任のある者」であったといえる。
(3) 乙は,Bを病院に連れて行かなかったため,「生存に必要な保護をしなかった」といえる。
(4) Bが傷害を受けた段階ですぐに病院に連れて行って治療を受けさせていれば,Bの救命が確実であったといえるため,乙が,Bを病院に連れて行っていれば,Bの死亡が回避できたことは確実であるといえ,また,乙の不保護が生じさせる危険性が結果へと現実化したといえるから,因果関係は認められる。
(5) 乙は,Bの様子が通常とは異なることに気づいていたものの,Bの死を予見,認容していたわけではなかった。そのため,乙の故意は,殺人罪に及ぶものではなく,保護責任者不保護罪の限度にとどまる。
なお,甲の殺人罪と,乙の保護責任者遺棄致死罪とは,保護責任者遺棄致死罪の限度で,Bへの法益侵害,行為態様という構成要件の構成要素が重なり合っているため,この限度で共同正犯(刑法60条)となる。
(6) したがって,乙の上記不作為について,保護責任者遺棄致死罪が成立する。
3 以上より,乙には,①傷害罪の幇助犯,②保護責任者遺棄致死罪が成立する。①は②へ吸収され,包括一罪となる。よって,乙はこの罪責を負う。
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