【再現答案構成(63点)】
第1 国民の情報発信の自由及び知る自由に関して
1 憲法上の保障領域に含まれるか
(1) 情報発信の自由→自己実現,自己統治に資するため21Iによる保障
(2) 知る自由→受け手の側から再構成して,自己実現,自己統治の観点から,保障領域に入る
2 制約が生じているか
・発信が禁じられる+削除される→直接的な制約
3 制約は正当化されるか
(1) 権利の重要性
・表現の自由の重要性
・今回は特に生命や健康に関するもの→特に重要な情報に関する表現
・自己決定権的な側面と関連する情報?(答案には書かなかった)
→原則としてやむを得ない場合しか正当化されない
(2) 規制態様の強度
・直接的な制約
・思想の自由市場からの排除
・内容規制
・削除される→萎縮的効果を生じうる
・ある意味パターナリスティックな制約→綿密な吟味が必要
→規制の態様が非常に強度であるため,厳格な基準によって合憲性を判定すべき
(3) 違憲審査基準
・規制の目的:やむにやまれぬ必要不可欠なもの
・規制の手段:目的との関係で必要最小限度のもの
→これに当てはまらないなら違憲
4 あてはめ
(1) 目的審査
・生命や健康に関する領域
・実際に日本国内だけでなく,世界的な規模で死亡者多数→国家的に対策を行う必要
→やむにやまれぬ必要不可欠なものといえる
(2) 手段審査
ア 目的に対する手段の適合性
・確かに,科学的根拠のないものを排除すれば,ワクチン接種者が増える
・しかし,目的を生命・健康という抽象的領域に拡張すれば,ワクチンの危険性について専門家の中でも議論がある以上は,ワクチン接種それ自体が生命・健康へ悪影響となるおそれは否定できない
・排除の基準は専門家が行うものの,議論の最中にある以上,信用性に疑問
→必ずしも適合性が認められるとはいえない
イ 手段の必要最小限度性
・上記のような疑問がある以上,排除の必要性も疑問
・そもそも思想の自由市場で排除すべきでは?→国が主体となって国民全員が納得できる程度の説得力をもった説明を行えば,思想の自由市場の中で情報を排除できるからこれで足りるし,こうあるべき
→必要最小限度の程度にとどまるとはいえない
5 結論:違憲
第2 SNS事業者の営業の自由
1 制約
・罰則を伴う形での審査・削除
→①表現の自由?②営業の自由?
↓
自己実現・自己統治の価値が妥当するわけではない
→営業の自由の側面が強い
2 営業の自由としての保障
・職業の遂行の自由として22Iにより保障
3 制約が正当化されるか
(1) 権利としての重要性
・生計に関わる=自己実現の過程→重要な権利
・社会的相互関連性→制約が内在する権利
→重要だが,やや緩やかに判断
(2) 規制態様の強度
・審査・削除が罰則により強いられる→直接的な制約
・罰則
→審査密度は高めに設定すべき
(3) 規制の目的
・生命や健康→消極目的
→手段の必要性,合理的は厳格に判定すべき
(4) 違憲審査基準
・規制の目的:重要性が必要
・規制の手段:目的との間で実質的関連性が必要
4 あてはめ
(1) 目的審査
・生命や健康→重要
(2) 手段審査
ア 目的との適合性
・あり
イ 手段の必要性・相当性
・削除ではなく,警告という形でも十分
・刑罰を直ちに課すのでなく,指導を挟むべき
→実質的関連性なし
5 結論:違憲
第3 その他の問題点
1 200万人以上のSNSの事業者だけ→平等原則(14)の観点で問題?
(1) 目的:合理的な根拠, 手段:合理的な関連性
(2) 日本の人口の1/100→基準としての相当性を否定し難い
2 特定虚偽情報は不明確では?
(1) 確かに「科学的根拠の有無」の判断は不可能
(2) しかし,具体的な記載が想定されるため,問題なし
【参考答案1】
第1 国民の情報発信の自由及び知る自由に関して
本件法律によって,特定虚偽情報に分類された情報について,国民がSNSで情報を発信することが禁止され,また,発信した情報が削除される。そして,これに伴い,SNSで情報を受領する情報が制限されることになる。そのため,本件法律は憲法21条1項に反するのではないか。
1 憲法上の保障領域に含まれるか
(1) まず,国民の情報発信の自由は,自己の人格を実現するために必要であるし,民主政に資する情報を提供する点で自己統治に資するため,憲法21条1項による保障の範囲に含まれる。
(2) また,情報の発信者と受領者が一定程度分離した現代においては,表現する側の自由を保障するだけではなく,表現を受け取る側の権利も保障することで初めて,表現の自由の保障を行うことができる。そこで,受け手の側から表現の自由を再構成して,表現を受け取る自由,すなわち,情報を受領する自由も,憲法21条1項の保障領域に入る。
2(1) 本件法律によって,特定虚偽情報に該当する情報の発信が禁じられる。また,その情報をSNSに挙げたところで,削除される。このことは,情報発信の自由を直接的に制約する。
(2) また,そのことによって,国民の特定虚偽情報に該当する情報を受領する自由も,直接的な制約を受けている。
3 上記制約も,「公共の福祉」(憲法12条後段,13条後段)の観点から,正当化されうる。ここで,その判断基準について,権利の重要性,規制態様の強度を考慮して,検討する。
(1) 権利の重要性
ア 上記自由は,表現の自由による保障を受ける権利であり,自己実現の価値,自己統治の価値が認められるため,重要な権利であるといえる。特に,ワクチンに関する情報は,国民の生命や健康に関するものであり,国政上も重要な要素をなしている。そのため,上記価値を実現する上で,この情報に関する権利は重要性が非常に高い。
イ そこで,原則として,上記自由に対する制約は,やむを得ない場合しか正当化されない。
(2) 規制態様の強度
ア 本件制約は,上記のとおり,直接的な制約である。そして,本件制約の手段として,審査や削除という方法がとられている。表現行為に対して,このような方法で介入すれば,表現行為への萎縮的効果を生じうるため,妥当ではない。さらに,本件制約は,ワクチンに関する科学的根拠がないという性質に着目して行われる規制であり,内容を判断した上でなされる規制である。そして,特定虚偽情報を思想の自由市場から排除するような効果を伴う。
イ また,本件制約は,国民の生命や健康を守るための制約であることから,ある種のパターナリスティックな制約としての側面がある。そのため,国民の自由に対する不当な制約ではないかを慎重に検討すべきである。
ウ よって,規制の態様が非常に強度であるといえる。そのため,厳格な基準によって合憲性を判定すべきである。
(3) 違憲審査基準
以上より,本件法律制定の目的がやむにやまれぬ必要不可欠なものであり,執られる手段が目的との関係で必要最小限度のものである場合に限り,「公共の福祉」の観点から制約が正当化され,本件法律は憲法21条1項に反しないと考える。
4 あてはめ
(1) 目的審査
本件法律の目的は,ワクチンに関する不正確な情報の流通を抑止し,ワクチン接種に関する懸念を緩和し,ワクチン接種をさらに推進することにある。これは,国民の生命や健康を守るための目的であるといえる。
新型コロナウイルスは,実際に日本国内だけでなく,世界的な規模で蔓延し,全世界で死亡者が多数に及ぶほどのパンデミック的な状況が生じている。この状況にかんがみると,国家的に国民の生命や健康を守るための対策を行う必要があり,上記目的はやむにやまれぬ必要不可欠な目的といわざるをえない。
(2) 手段審査
ア 目的に対する手段の適合性
確かに,科学的根拠のない情報を上記方法によって排除すれば,ワクチン接種に対する懐疑心を引き起こす情報を排除することができるため,ワクチン接種者が増えることが予想できる。その意味では,上記目的の達成に上記方法は適合するといえる。
しかし,本件法律の目的をワクチンの接種という具体的な課題ではなく,国民の生命・健康という抽象的領域に拡張すれば,その判断は異なる。すなわち,ワクチンの危険性について,専門家の中でも議論がなされており,ワクチン接種それ自体が生命・健康へ悪影響となるおそれは否定できないという主張もなされている。それならば,ワクチンの接種を促すための上記方法が国民の生命や健康といった目的に適合するかは,疑問が残る。
そして,特定虚偽情報の該当性の判断は,専門家の承認を経て行われる。しかし,専門家自身がワクチンの有効性,危険性に関する議論の最中にある以上,その承認の信用性が必ずしも高いとは言いがたく,特定虚偽情報の指定自体が国民の生命,健康に資するとは必ずしもいえない。
イ 手段の必要最小限度性
確かに,一定の条件をみたしたSNS上での表現のみが規制の対象となっているため,国民の特定虚偽情報に関する自由への制約は必要な限度にとどまるともいいうる。しかし,表現の自由は多数の目がある場に対して表現を行えるからこそ価値を増す部分もあるし,また,大規模なSNS以外でないと,その情報に関する表現ができないとすることの合理性は,一概には判断できないため,手段の必要性については慎重に吟味する必要がある。
上記のように,適合性が怪しい以上は,排除の必要性が真に認められるかは疑問の余地が大きい。
そして,仮に適合性が認められるとしても,表現を削除することにより,思想の自由市場から排除する必要性は認められない。国が主張するとおり,ワクチンの有効性が認められ,国民の生命や健康に対する効果が全面的に承認されるべきものであるならば,国が主体となって国民全員を納得させられる程度の説得力をもった説明を行うべきである。真に国の主張が正しいのであれば,その方法によって,科学的に根拠のない不正確な情報を排除できるから,これで足りる。また,思想の自由市場の観点からは,この方法で対処すべきである。
よって,本件規制の手段が必要最小限度の程度にとどまるとはいえない。
(5) 以上より,本件法律は,憲法21条1項に反する。
第2 SNS事業者の営業の自由
1 本件法律によって,200万人以上の国内利用者がいるSNSの事業者は,特定虚偽情報に該当する旨の通報があった場合には,遅滞なく審査を行わなければならず,また,該当性を認めた場合は,削除しなければならず,これは罰則という形で強制される。この不利益は,SNS事業者のいかなる憲法上の権利を侵害するものと構成すべきか。
(1) 侵害される権利として,SNS事業者の表現の自由(憲法21条1項),および,営業の自由が想定できる。
SNS上の利用者の投稿は,SNS事業者にとっては,自身の思想内容等を表現するものではないため,自己実現の価値は妥当しないし,また,SNS事業者と民主政の過程との関連性も乏しいため,自己統治の価値も妥当しない。
他方で,SNS事業者にとっては,利用者の投稿は,その投稿の閲覧される数に応じて広告費を稼いだり,話題を集める投稿を多く内在させることにより,さらなる投稿を生み,広告収益の拡大につなげることができるという意味を有するものである。
その意味では,もっぱら営業の自由の部類に属する権利の侵害があったと構成するのが妥当である。
(2) 職業選択の自由(憲法22条1項)の保障にあたっては,職業を遂行する自由までも保障を充足させなければ,保障の趣旨を十分に達成できない。そこで,職業遂行の自由としての営業の自由も保障される(薬局開設距離制限事件)。
そして,SNS事業者が法律等により,SNS上の情報の審査,削除を罰則によって強制されない自由も,営業の自由の1つの場面として保障される。なお,団体に関しても,社会的実在として重要な役割を果たしていることにかんがみて,人権の保障が認められる(八幡製鉄事件判決)。
2 そして,上記自由が,前述の形で制約されている。
3 上記制約も,「公共の福祉」(憲法22条1項,29条3項)により,正当化されうる。ここで,上記制約が正当化されるかを判断する基準を,権利の重要性,規制態様の強度,規制目的の性質によって検討する。
(1) 権利としての重要性
ア 営業の自由は,自己の個性を全うすべき場として,個人の人格的価値と不可分のはたらきをするため,権利としては重要である(薬局開設距離制限事件)。
イ しかし,営業の自由は経済的自由に該当し,その性質上,社会的相互関連性を内在している。そのため,社会政策上の制約を受けることが想定された権利である。
(2) 規制態様の強度
ア SNS事業者は,営業活動の中で,SNS投稿の審査や削除を法律によって強制される。これは,SNS事業の運営に直接的な影響を与えるため,直接的な制約であるといえる。
イ また,本件法律によって,審査や削除に従わない場合には,罰則を科せられる。このことからも,制約が強度であるといえる。
ウ よって,審査密度は高めに設定すべきである。
(3) 規制の目的
本件法律の目的は,上記のとおり,国民の生命や健康を守ることにある。それならば,消極目的による規制であるといえるため,手段の必要性,合理的は厳格に判定すべきである。
(4) 違憲審査基準
以上より,規制の目的が重要なものといえ,規制による手段が目的との間で実質的関連性を有している場合にのみ,「公共の福祉」により制約が正当化されると考える。
4 あてはめ
(1) 目的審査
前述のとおり,本件法律の制定された目的は国民の生命や健康を保護することにあるため,重要である。
(2) 手段審査
ア 目的との適合性
本件法律による手段により,ワクチンの信頼性を損なうような情報は削除されることによりSNS上から減少していくため,ワクチン摂取をためらう国民が減ることが想定されるため,目的との間の適合性は概ね認められる。
イ 手段の必要性・相当性
(ア) ワクチンの信頼性を損なうような,科学的根拠のない情報について,特定虚偽情報に該当すると判断した場合に,削除すると,上記目的に資する部分は否めない。
しかし,あくまでも,ワクチンに関する信頼性が乏しい情報を国民が鵜呑みにしない状況を作り出せれば,目的を達成できるはずである。そのように考えれば,削除を行うのではなく,実際にYoutubeなどが採用しているとおり,ワクチンに関する情報を扱っているため,慎重に判断すべき旨を警告するという形でも,目的の達成は可能である。よって,目的達成のために必要な限度にとどまる規制であるとはいいがたい。
(イ) また,仮に手段としての必要性を超えない規制であるとしても,刑罰を直ちに課す仕組みは相当性を欠く過度な規制であると考えられる。SNS事業者の運営状況にもよるが,本件法律の対象となる事業者全てが,「遅滞なく」法律の指示する対処を行うことができるとは限らず,一定の猶予として,行政による指導を挟むなどの方策を採るべきである。
ウ よって,規制による手段が目的との間で実質的関連性を有しているとはいえない。したがって,本件制約は正当化されない。
5 以上より,本件法律は憲法22条1項に反する。
第3 その他の憲法上の問題点
1 本件法律は,200万人以上のSNSの事業者だけを対象として規定されているが,この区別は平等原則(憲法14条1項)に反しないか。
(1) 「法の下に平等」とは,法適用だけでなく,法内容が相対的に平等であることをいう。よって,事柄の性質に即応した合理的区別は許容される趣旨である。
(2) 本件で区別の対象となっている権利は,営業の自由という経済的権利である。
そこで,区別が生じた立法の目的が合理的な根拠に基づくものでない場合,または,生じた区別と立法目的との間に合理的な関連性が認められない場合には,本件区別は,憲法14条1項に反すると考える。
(3) 本件区別の基準は,SNSの国内利用者数が200万人である点にある。この数は,国民の1/100に当たる規模であり,規模の大きなSNSでの投稿を規制してこそ,上記立法目的の達成が見込める以上は,区別と立法目的との間の合理的な関連性が認められるといえる。また,前述のとおり,立法目的に関しては合理的な根拠を備えているといえる。
(4) 以上より,本件法律は憲法14条1項に反しない。
2 「特定虚偽情報」は不明確であるため,その指定を行う本件法律は,憲法21条1項に反しないか。
(1) 表現の自由を制約しうる法令の規定が不明確な場合には,どの程度の表現行為であれば合法に行えるかがわからない。そうなれば,本来合法に行える範囲の表現についても,表現に及ぶことが躊躇され,表現の自由の行使に対して,萎縮的効果を生じる。そこで,一般人の視点から不明確と評価すべき法律は,憲法21条1項に反すると考える。
(2) 確かに「科学的根拠の有無」の判断は,一般人には不可能である。
しかし,特定虚偽情報の指定にあたっては,具体的な文言によって,特定の省において告示される。ここで,想定されているものは,「ワクチン接種で不妊になる」というような種類のものであり,一般人が具体的に内容を把握できるようなものといえる。
2 以上より,「特定虚偽情報」の指定を行う本件法律は,憲法21条1項には反しない。
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