【刑法事例演習教材】5:ピカソ盗取計画

刑法事例演習教材
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第1 甲の罪責

1 A社倉庫の敷地内へ侵入した行為について,建造物侵入罪(刑法130条前段)が成立するか

(1) 囲繞地も「建造物」に含まれるため,A社倉庫の敷地も「建造物」に含められる。そして,上記行為は,A社倉庫の管理権者の意思に反する立入りといえる。よって,「建造物」に「侵入」したといえる

(2) したがって,本件行為について,建造物侵入罪が成立する。なお,この罪は乙と共同正犯となる。

2 甲がA社倉庫のドアの鍵を壊そうとした行為について,窃盗未遂罪の共同正犯(刑法60条,243条,235条)が成立しないか

(1) 未遂犯は,①実行の着手があり,②結果を発生させなかった場合に成立する(刑法43条)。

ア(ア) 実行行為とは,構成要件的結果発生の危険性を現実的に発生させる行為をいう。それならば,かかる危険性を発生させた時点において,実行の着手は認められる

(イ) 甲は上記行為をA社倉庫内にある絵画を盗む目的で行っている。絵画を盗むためには,倉庫内に入ることが必要であるため,上記行為は絵画を盗むための不可欠の前提をなしているといえる。倉庫への侵入が達成された場合には,倉庫の警備は数時間おきに宿直による見回りがなされているにすぎないことから,窃盗の結果を実現させるに際して特段の障害がなかったといえる。倉庫侵入後の窃盗は,時間的にも場所的にも近接したものであることが予定されている。

これらのことにかんがみると,倉庫への侵入行為と甲が予定していた窃盗行為とは,一連の行為と評価できる7

そして,甲は倉庫のドアの鍵をバールで壊そうとしており,これは倉庫への侵入への危険性を現実的に発生させる。よって,上記行為は,窃盗罪の実行に着手したものといえる

イ 甲は結果として,何も盗むことができなかったため,窃盗罪の結果は発生していない

ウ 甲は上記のとおり,絵画を盗む目的で上記行為を行ったため,窃盗罪の故意(刑法38条1項)があった。

(2) よって,上記行為に窃盗未遂罪の共同正犯が成立する

3 甲がCに対して,「近づくと撃つぞ」と叫んで威嚇射撃をした行為について,事後強盗致傷罪(刑法240条,238条)が成立するか

(1) まず,上記行為が刑法238条の構成要件をみたし,甲が「強盗」(刑法240条)に当たるかを検討する。

ア 前述のとおり,甲は窃盗未遂罪の構成要件に該当する行為を行っていたため,「窃盗」(刑法238条)に当たる8

イ 甲は,上記行為を警備員Cに捕まるのを防ぐために行ったため,「逮捕を免れ」るために上記行為に及んだといえる。

ウ 「脅迫」に当たるためには,相手方の反抗を抑圧するに至る脅迫であり,かつ,窃盗の機会の継続中に行われたことが必要である

(ア) 近づくと発砲する旨を叫んで威嚇射撃をする行為は,相手方に対して,近づいた場合には自らが発砲の標的になる可能性を想起させる。自らが標的となることは,生命や身体の安全に大きな危難をもたらす以上は,その行為は,反抗への意欲を失わせる。よって,上記行為は,相手方の犯行を抑圧するに至る程度のものといえる。

そして,近づくと発砲する旨の告知は,相手方に対する生命・身体の安全を害する旨の害悪の告知に他ならず脅迫といえる。

(イ) 窃盗の機会の継続中であるといえるかは,誰かから容易に発見されて財物を取り返される状況や,逮捕されうる状況が継続していたか,という観点から判断すべきである。

本件では,警察官Cが駆けつけた段階において,甲はまさに窃盗行為に着手していたため,逮捕されうる状況にあった。よって,上記行為は,窃盗の機会の継続中に行われたといえる。

(ウ) よって,上記行為は,「脅迫」に当たる

エ したがって,上記行為は,刑法238条の構成要件をみたし,甲が「強盗」(刑法240条)に当たる

(2) 次に,上記行為が刑法240条の罪を成立させるかを検討する。

ア 先述のとおり,甲は「強盗」に当たる。

イ(ア) 上記行為がきっかけで,Cは腕を擦りむき,全治7日間の擦過傷を負った。よって,「人を負傷させた」といえる9

(イ) なお,刑法240条は,財産犯的側面と個人の生命や身体の安全を保護する側面の両面を有するため,結果が発生したといえるかをいかに判断するかが問題となる。

この点については,刑法240条が強盗の機会に人の死傷という加重的結果が生じる可能性が高いことを考慮して,特別に設けられた犯罪類型である。そのため,結果発生の有無に関する判断は,人の死傷結果が生じたかという点から行うべきである。

本件では,前述のとおり,「負傷」という人の身体の安全を害する結果が生じているため,結果が発生しているといえる。

ウ 拳銃を空に向けて発砲する行為は,周囲の人に大きな恐怖感を抱かせる行為である。当該行為は,恐怖感を抱いた周囲の人に対して,その危険から逃れるために捨て身の行動に出て,何らかの怪我を生じさせる高度の危険性を内包する行為といえる。

本件結果は,上記行為のかかる危険性が現実化して,結果を生じさせたものといえるため,上記行為と結果との間に因果関係が認められる。

エ 甲について,Cに対して「負傷」を負わせる意図があったかは定かではないが,拳銃を威嚇射撃する行為自体に,上記危険性は潜在するため,威嚇射撃を自らの意思で行っている以上は,故意は否定できない

オ よって,上記行為に事後強盗致傷罪が成立する

4 以上より,甲には,①建造物侵入罪,②窃盗未遂罪,③事後強盗致傷罪が成立し,②は③に吸収され,①と③は牽連犯(刑法54条1項後段)となる。いずれも乙との間で共同正犯を構成する。甲はかかる罪責を負う。

第2 乙の罪責

1 乙がA社倉庫の敷地に入った行為について,甲の場合と同様に,建造物侵入罪の共同正犯(刑法60条,刑法130条前段)が成立する

甲が乙に対して本件倉庫にある絵画の窃盗の協力を要請し,乙がそれを承認した上で上記行為が行われたこと,乙が本罪に関しては,後述のとおり,正犯としての意思を有していることから,甲とは,本罪の成立に際して,共同正犯(刑法60条)の関係にあるといえるからである。

2 甲がA社倉庫のドアの鍵を壊そうとしている間に,乙が見張りをしていた行為について,窃盗未遂罪の共同正犯(刑法60条,240条,238条)が成立するか

(1) 共謀共同正犯が成立するためには,①共謀の事実,②それに基づく実行行為が行われたこと,③正犯意思,が認められる必要がある。

ア 甲と乙とは,上記のとおり共謀関係にあり,その犯行の計画は,絵画を盗み出すことであったため,両者の共謀の内容は窃盗罪の構成要件該当事実に及ぶ10

そして,共謀内容どおり,甲は窃盗罪の実行に着手した

イ(ア) 乙が行うことを想定していた行為は,見張り行為,および,絵画の積込みというものであり,窃盗を行う上では,副次的な行為ともいいうる。

(イ) しかし,甲単独では,宿直に見つかった場合に逃走することは難しい。逃走の可能性を相当程度引き上げる点で,見張り行為は,窃盗の目的達成に大きな意義を有している。

また,甲が窃盗した絵画を車へと積み込むことは,窃盗罪の過程であるため,乙は窃盗行為との密接な関連性を有している。本件では特に,絵画を換価することが目的である以上は,絵画の価値を極力保存するために慎重に運び出す必要があったため,乙の助力は極めて重要であった。

それならば,乙は窃盗罪の実現へ向けた極めて重要な役割を担っていたといえる。

(ウ) さらに,乙は,甲から盗んだ絵画を換価した金額の30%を分け前としてもらえることを聞き,これを承諾したものであり,乙の手にする分け前の割合が,犯罪の一部のみを担当する者としての分け前よりは,格段に大きいといえる。

また,乙は金に困っていたため,自己の利益のために上記行為を行った可能性が高い。それならば,正犯として上記行為を行う意思があったことを推認させる。

(エ) よって,乙には正犯意思があったといえる。

ウ したがって,乙の上記行為に,共同共謀正犯が成立する

(2) 以上より,乙の上記行為に,窃盗未遂罪の共同正犯が成立する

3 甲がCに対して,「近づくと撃つぞ」と叫んで威嚇射撃をした行為について,事後強盗致傷罪が成立するか

(1) 上記行為は,当初の共謀の内容にあった窃盗罪の範囲には収まらない。しかし,窃盗から強盗へ発展することはありうるものであるし,宿直に見つかり,逮捕を免れるために逃走し,そのために暴行や脅迫を行うことも想定することが可能である。また,乙は実際に暴行を予定していた。そこで,当初の共謀は,事後強盗行為についても,因果性を有している11

乙は,甲に対して宿直が来たことを伝え,その場からいち早く脱出したものの,それが甲との間で物理的,精神的因果性を除去するものとはいえないため,上記行為についても,共謀の因果性は及んでいる12

(2) そうだとしても,乙は甲が拳銃で威嚇射撃を行うことについては認識しておらず,あくまでもすでに暴行を予定していたにすぎない。そのため,乙は強盗行為についての故意を有していないのではないか具体的事実の錯誤が問題となる。

ア 故意責任の本質は反規範的人格態度に対して道義的に非難できることにあり,ここでいう規範は構成要件の形で提示されている。それならば,同一の構成要件該当事実の枠内での錯誤があったとしても,規範への直面が認められる以上は,故意は認められる

イ 乙が想定していた手段は暴行であり,甲が実際に行った手段は脅迫である。これらの行為はいずれも,事後強盗罪の構成要件該当事実であるため,乙の故意は認められる

(3) 以上より,基本犯である事後強盗罪に関して共同正犯が認められる。そして,この基本犯に伴う危険性によって,加重結果である擦過傷が生じたため,事後強盗致傷罪の共同正犯が成立する

4 以上より,乙には,①建造物侵入罪,②窃盗未遂罪,③事後強盗致傷罪が成立する。いずれも甲との間で共同正犯を構成する。そして,②は③に吸収され,①と③とは,牽連犯となる。乙はかかる罪責を負う。

Footnotes

  1. クロロホルム判例を参考にして当てはめを行いました。実際に物色が必要とする立場もあるかもしれませんが,以上のような事情が認められる以上,窃盗罪の着手時期を前倒しにすることも可能かと思われます。
  2. 確か判例が窃盗未遂罪が「窃盗」(刑法238条)に当たると示していたこと,他に書くべきことが多すぎたことから,この点は展開していません。理由づけは現段階では見つけられていません。そもそも,理由づけについて考えたことがなかったです。
  3. 「負傷させた」に当たる水準をどのように捉える化に際して問題点がありますが,現行刑法ではあまり実益のある議論ではないと考えたため,特に展開はしていません。「傷害」と同様に捉えて良い,と考えています。
  4. この辺りから書くのが難しかったです。
  5. この辺りの共謀の射程に関する議論が個人的には書くのが非常に難しく思いました。
  6. 要するに,共犯関係からの離脱・解消を認めるべき事情はない以上,一部実行全部責任の効果が及ぶことをいいたかったです。
  7. クロロホルム判例を参考にして当てはめを行いました。実際に物色が必要とする立場もあるかもしれませんが,以上のような事情が認められる以上,窃盗罪の着手時期を前倒しにすることも可能かと思われます。
  8. 確か判例が窃盗未遂罪が「窃盗」(刑法238条)に当たると示していたこと,他に書くべきことが多すぎたことから,この点は展開していません。理由づけは現段階では見つけられていません。そもそも,理由づけについて考えたことがなかったです。
  9. 「負傷させた」に当たる水準をどのように捉える化に際して問題点がありますが,現行刑法ではあまり実益のある議論ではないと考えたため,特に展開はしていません。「傷害」と同様に捉えて良い,と考えています。
  10. この辺りから書くのが難しかったです。
  11. この辺りの共謀の射程に関する議論が個人的には書くのが非常に難しく思いました。
  12. 要するに,共犯関係からの離脱・解消を認めるべき事情はない以上,一部実行全部責任の効果が及ぶことをいいたかったです。

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