1 Xは控訴審において,Yとの間で和解が成立したため,それまでに係属していたYに対する貸金返還請求訴訟を取り下げた(民事訴訟法261条1項)。
それにもかかわらず,Yは和解契約の内容を履行しないため,Xは前訴と同じく,貸金返還請求訴訟を提起した。
第1審で判決が下されており,「本案について終局判決があった」といえるため,「同一の訴え」(民事訴訟法262条2項)として,Xの本件訴訟提起は禁じられるのではないか。「同一の訴え」の意義が問題となる。
(1) 262条2項で再訴禁止効が認められる趣旨は,終局判決があったのにそれを取り下げ,裁判を無駄にしたことに対して制裁を加えることと,同一紛争の蒸返しによる訴訟制度の濫用を防止することにある。
この趣旨にかんがみれば,訴えの取下げ後に事情の変動があり,取り下げた者が再訴をする新たな利益や必要性が生じた場合にまで,再訴を禁止するものではない。
そこで,「同一の訴え」とは,①当事者及び訴訟物たる権利関係が同一であり,②訴えの利益や必要性に関する事情も同一である場合をいう。
(2)ア ①について
前訴と後訴とは,いずれも,当事者はXとYであり,訴訟物はXのYに対する1000万円の貸金返還請求権であるため,かかる要素は同一である。
イ ②について
(ア) 前訴取下げの経緯と,その後の事情の変動
Xは前訴で全面的な勝訴判決を得ていたため,訴えを取り下げる必要は本来はなかった。しかし,Yが,即時に支払うことはできないため,支払を猶予してほしいこと,6ヶ月後であれば支払う宛てがあること,を伝えたため,Xはある意味温情を施して,和解契約に応じたものである。
しかし,その後,Yは和解契約の内容を履行しなかった。そのため,XがYに対して履行を求めるために後訴を提起するに至った。
以上の点にかんがみると,前訴当時には存在していたYの履行への信頼が後訴提起時には失われているため,訴えを行う必要性に関する事情が変動している。
(イ) 被告の態度
Yは和解契約当時,Xの温情につけこみ,支払猶予を求める旨の,Xに対しては大きな利点のない和解契約を応じさせたにもかかわらず,その和解契約に基づく履行をせず,さらには,和解の成立を否定している。このYの態度の転換は,著しく信義に反する。この点においても,訴えの必要性に関する事情が変動しているといえる。
(ウ) 訴訟提起の理由の変化
前訴で行われた訴訟は,貸金債務の不履行を原因としていたが,後訴で行われた訴訟は,和解契約に基づく契約関係の不履行を理由とするものである。それならば,前訴と後訴とでは,訴えの必要性に関する事情が同一であるとはいえない。
ウ よって,Xが提起した後訴は,「同一の訴え」とはいえない。
2 以上より,Xの本件訴訟提起は禁じられないため,裁判所はこの再訴についての審理を行うべきである。
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