1 第一審において,Xの請求棄却判決が下されたため,Yは勝訴している。上訴を行うためには,上訴人に上訴の利益が認められる必要があるが,Yにはもはや上訴の利益はないのではないか。上訴の利益の有無の判断基準が問題となる。
(1) 上訴の利益の判断においては,基準としての明確性が求められる。明確な指標としては,当事者の申立ての内容や,判決主文があり,それらを判断の考慮に入れることが妥当である3。
また,全部勝訴の判決を得た者に対して,原判決に対する不服の主張を認めることは,訴訟の不必要な蒸返しを招来し,訴訟経済に反し,また,被上訴人の利益を害するため,妥当ではない。
そこで,上訴の利益は,当事者の申立てと原判決の主文とを比較した上で,後者が前者に及ばない場合にのみ,認められると考える。
(2)ア4 確かに,Yは,XY間に売買契約が存在したがために,XからYへの所有権移転登記がなされた旨を主張していた。それにもかかわらず,第1審判決では,売買契約ではなく,売渡担保である旨が基礎付けられたことから,Yの意思が十分に反映された判決にはなっておらず,上訴の利益を認めるべきとも思える。
しかし,その事情は,判決理由中の判断における問題にすぎず,判決主文でなされた判断に対する不服ではない。
イ 本件においては,原判決の主文は,「原告の請求を棄却する」というものであると考えられる。
原告であるXが行った請求の訴訟物は,XのYに対する本件山林の所有権移転登記手続請求権であり,判決主文において,当該請求権の不存在が示されたといえる。
Yの合理的意思にかんがみると,Y側の申立ても,当該請求権の不存在である。それならば,本件では,原判決の主文が当事者の申立ての内容を包含したものといえる。
(3) よって,Yに上訴の利益は認められない。
2 以上より,第1審判決に対し,Yは請求棄却を求めて控訴を提起することはできない。
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