1(1) 「本人……の……押印」がある場合には,「真正に成立したものと推定」される(民事訴訟法228条4項)。
(2) 本件借用証書には,Yの印章による印影がなされている。そのため,本件借用証書が真正に成立したものと推定される。
2 それでは,Yはいかなる事実を立証することに成功すれば,上記推定を覆し,本件借用証書の成立の真正を否定することができるのか。文書の成立の真正に関する推定を覆すために,いかなる内容につき,どの程度の立証が必要となるかが問題となる。
(1) 日本においては,印章は通常慎重に管理されており,第三者が他人の印章を容易に使用して押印することはできない,という経験則がある。この経験則により,本人の印章に基づく印影がある場合には,本人の意思に基づく押印が事実上推定される(一段目の推定)。
そして,民事訴訟法228条4項は,私文書において,本人の押印がある場合には,その私文書が作成者の意思に基づいて作成されたとの事実を推定している(二段目の推定)。文書の成立の真正は,このような2つの推定を経るものといえる。
一段目の推定に関しては,事実上の推定にすぎないため,上記経験則とは異なる事情が存在したことについて,反証に成功すれば推定を覆すことができると考える。また,二段目の推定に関しては,法定証拠法則を定めたものと捉え,作成者本人の意思に基づかずに押印されたことを基礎付ける事情について,反証に成功すれば推定を覆すことができると考える。
(2) 本件においては,Yは,AがYの印章を無断で用いて本件借用証書に押印したことを主張している。これは,上記経験則に反する事情が存在したことを理由とする主張であり,一段目の推定を覆すことを目的とした主張と考えられる。よって,Yは,Aによって押印がなされたことについて,反証に成功すれば,推定を覆すことができる。
YがAによって押印がなされたことを示すためには,例えば,AがYと同居している親族であり,Yの印鑑を容易に持ち出すことができる状況にあったこと,AにXとの間で契約書を作成する契機となるやりとりがあったこと,などを立証することが必要となる。
3 以上より,Yは上記に挙げたような事実を(反証に至る程度の心証を抱かせる程度に,)立証することに成功すれば,裁判所は本件借用証書が偽造であったと認定することができる。
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