1 本件取調べは「強制の処分」(刑事訴訟法197条1項ただし書)としての態様を伴って行われたものといえるか。任意同行と実質的逮捕との区別が問題となる。
(1) 任意同行と実質的に逮捕と同視すべき態様での同行とは,「強制」的な手段を伴っているかで区別できる。「強制」的な手段を伴っているか否かは,相手方の同行を断る意思決定の自由が制圧され得る状況にあったかによって判断すべきである。
そこで,①同行を求めた時間・場所,②同行の方法,態様,③同行を求める必要性,④同行後の取調べ状況,⑤被疑者の態度,などの事情を総合的に考慮して,上記点を判断すべきである。
(2) 確かに,警察官らは後述のとおり,過度といわざるを得ない方法で取調べを行っている。しかし,Xは渋々とはいえ,自らの意思によって取調べを受けることを選択している以上,同行を断る意思決定の自由が制圧されていたとはいえない。そして,取調べが始まった後もXがKらに対して,帰宅したいという意思を伝えた事情もない。
同行は深夜に行われたものでも,多数の警察官によって行われたものでなく,ごく平凡な形で行われている。
KがXに対して任意同行を求めたのは,殺人罪の嫌疑が固まった後であり,逮捕の必要性をみたしている以上は,ここで行われた任意同行は,逮捕要件の充足を待った時間稼ぎとしての身体拘束ではなく,任意の供述によって嫌疑を確認することで,被疑者の名誉を保護しつつ誤認を防ぐ目的で行われた取調べと評価できる。
(3) よって,本件取調べは「強制の処分」としての態様を伴って行われたものといえない。
2(1) たとえ,被疑者が同行及び取調べに任意に応じていたとしても,取調べを受ける旨の意思決定の結果として伴う行動の自由や精神的・肉体的疲労といった不利益・負担を全面的に放棄したわけではない。
そのため,取調べの方法が社会通念上相当と認められる方法,態様,限度を超えるものである場合には,任意取調べといえども,違法と考える。
そして,社会通念上相当といえるかは,取調べが被疑者に及ぼす行動の自由の制約,精神的・肉体的苦痛や疲労などの負担・不利益と,取調べの必要性とを比較衡量して決すべきである。取調べの必要性においては,事案の性質や容疑の程度,被疑者の態度などを考慮して判断する。
(2)ア 本件取調べにおいては,約5日間という長期間にわたって行われた。この間は,KがXに対して,警察の共済施設に宿泊することを執拗に申し向けたため,Xは警察の共済施設に宿泊し,一度も自宅には帰宅していない。このことは,Xの行動の自由が極めて強度に制約されていたことを基礎付ける。
そればかりか,宿泊の際にはKが同室し,ドアの前には常に警察官が配置され,用便の際さえも警察官が同行していた。このように,取調べ外でも警察官が常にXを監視している状況は,Xに対して過大な精神的・肉体的負担を課すものといわざるをえない。
イ たしかに,本件事案は,殺人の被疑事件であり,事案の性質としては重大である。Xの嫌疑が固まっており,上記目的を踏まえた上で早期にXの自白を引き出すことは重要とはいえる。
しかし,これらの取調べの必要性を基礎付ける事実を加味しても,前述のXが受ける過大な負担・不利益を課すことが社会通念上相当といえる程度の特段の事情を備えたものとはいえない。
(3) よって,本件取調べの方法は社会通念上相当と認められる方法,態様,限度を超える。
3 以上より,本件取調べは違法である。
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