【事例演習 刑事訴訟法】14:訴因の特定

事例演習 刑事訴訟法
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1 被告人Xとその弁護人Yは、検察官が不特定な訴因に変更する許可を請求しており、この変更は訴因の特定性を要求する刑事訴訟法256条3項に反するため、許されない旨を主張している。

このような訴因の変更が許されるのであれば、XとYの主張はおよそ失当と思われるため、まず、不適法な訴因への変更は許されるかを検討する。

(1) 不適法な訴因への変更を認めると、当初設定された適法な訴因について、無罪判決を獲得する利益を被告人から無条件に奪いかねない。また、仮に不適法な訴因への変更がなされたとしても、訴訟条件を欠くとして、公訴棄却判決(刑事訴訟法338条4号)がなされることになる。この場合には、一事不再理効(刑事訴訟法337条1号)が生じず、検察官は実質的に同一の事実について再度起訴できるため、被告人は実質的に再度訴追処罰の危険を受けることとなり、被告人への不利益が大きい。

そこで、不適法な訴因への変更は許されないと考えるべきである。

(2) 本問において、訴因の特定性を要求する刑事訴訟法256条3項に反することを理由に訴因変更請求が許されない旨のXとYの主張は、失当とはいえない。

2 次に、検察官が設定した新訴因は不適法なものといえるかを検討する。

検察官は新訴因として設定した訴因に「平成25年12月30日ころ」「手段不明の暴行」「何らかの傷害」という日時、犯行の方法や、「傷害」(刑法205条)の内容、死因についての概括的記載をしている。これらの記載は、訴因の特定を要求した刑事訴訟法256条3項に反するといえるか訴因が特定されているか否かの判断基準が問題となる。

(1) 当事者主義的訴訟構造を採用する現行刑事訴訟法(256条6項、298条1項、312条4項等)においては、審判の対象は検察官が主張する具体的犯罪事実としての訴因である。そして、訴因には、裁判所に審判対象を明示する識別機能と、被告人に防御の範囲を明示する防御機能とがあるところ、審判対象が明示されていればおのずと被告人に対する防御機能も尽くされたといえるため、識別機能こそ訴因の第一次的な機能と考えられる。

そこで、訴因が特定されたといえるためには、①被告人の行為が特定の構成要件に該当するか否かを判断するに足りる程度に具体的事実が明らかとされていること、および、②他の犯罪事実と識別できること、が必要と考える。

(2)ア 確かに、上記のように犯行の方法や、日時、「傷害」の内容、死因についての概括的記載がなされている。傷害致死罪(刑法205条)の構成要件該当性を判断するにあたっては、暴行行為の存在、それに基づく加重結果として「死亡させた」事実、暴行についての故意、が必要になるが、「手段不明の暴行」「何らかの傷害」とのみ示した概括的記載のみでは、構成要件に該当する具体的事実を記載したというよりは、単に抽象的に構成要件を示したにすぎないように思える

しかし、訴因において具体的事実が明らかとされているかは、概括的記載それ自体のみを対象として判断する必然性はなく、訴因の記載全体から判断するべきである。訴因の記載全体から判断した場合、暴行の部位として頭部が、被害者が負った傷害として頭蓋底骨折が、死因として外傷性脳障害が、記載されているため、単に抽象的に構成要件を示したのではなく、構成要件に該当する具体的事実が明らかとされているといえる

イ 「ころ」と記載している日時に関しては、一定の幅を伴うものの特定自体はなされていること、場所に関する具体的記載があること、暴行の部位や傷害の態様が一応は記載されていること、被害者の死亡という結果は本件被害者については一度しか起こり得ないものであること、にかんがみると、他の犯罪事実との識別もなされているといえる

ウ よって、訴因は特定されているといえる。なお、「共謀の上」という記載があるものの、上記のように訴因が特定されているため、本件における訴因の特定の議論に影響を生じない。

(3) したがって、検察官がした概括的記載は、訴因の特定を要求した刑事訴訟法256条3項に反するとはいえない

3 そうだとしても、この概括的記載は、「できる限り」の特定を要求する刑事訴訟法256条3項の趣旨をみたさないため、不適法といえないか

(1) 上述のとおり、訴因は審判対象の画定や、被告人に対して防御の範囲を明確にする機能を有しているため、その内容を具体的に特定することは、不可欠の要請といえる。そのため、具体的な特定を妨げるような事情がないにもかかわらず、概括的な記載をすることは許されない

そこで、犯罪の種類や性質、一連の手続の具体的経過にかんがみて、具体的な特定を妨げる特殊事情が存在する場合には「できる限り」の特定がなされたとして、適法といえると考える。

(2) 検察官は、Yの取調べ段階で聴取した供述において、その後覆したものの、頭部を1回のみ木刀で殴打したことを述べていたこと、医師による鑑定結果により、木刀による殴打で頭蓋骨骨折が生じ得る旨を述べていたことを踏まえて、頭部を木刀により1回殴打したことが構成要件該当事実であると判断し、当初訴因を構成した。

しかし、Yが公判段階で供述を覆し、胸部や腹部、腰部、頭部等を革靴で何度も蹴ったことを述べるに至り、医師による鑑定結果では、正確な死因は不明で、頭蓋骨骨折以外の傷害が存在していた可能性が否定できないこと、その傷害が生じた原因が木刀による殴打以外からも生じ得ることが示唆されていた。これにより、暴行が加えられた箇所、暴行の態様について、当初訴因に記載した内容について、明瞭性、信用性の低下が生じたことを踏まえ、検察官はこの点について概括的記載をするに至ったものである。

以上の手続の具体的経過にかんがみると、当初訴因を明瞭性、信用性が低下した状態で維持することは不合理であるといえるため、具体的な特定を妨げる特殊事情が存在するといえる。

(3) よって、この概括的記載は、「できる限り」の特定がなされたとして、適法といえる

4 以上より、検察官の本件訴因変更は訴因の特定性を要求する刑事訴訟法256条3項に反せず適法であるといえるため、裁判所は訴因変更を許可すべきである(刑事訴訟法312条1項参照)。

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