1 本件規定は、公務員が職務の執行において、密接な利害関係を有する者から通常の社交の程度を超える財物等を受け取ったという事実があれば、「職務に関し、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をした」(刑法197条1項)に当たることを法律上推定している。
2 それでは、このような反証を許す推定規定は、推定事実の存在について、実質的挙証責任を負う当事者が前提事実を証明した場合に、どのような効果を生じさせるのか。この規定の是非を検討する上で不可欠の前提となるため、検討する。
(1) 上記場合に推定事実の実質的挙証責任が相手方に転換され、相手方の反証がなかった場合には、裁判所は推定事実の存在を認定しなければならないとする見解がある。
このように考えた場合には、推定事実に関する挙証責任が検察官側から、被告人側に転換されることが想定される。そうなれば、被告人はこの推定事実についての存在に関する反証に成功できなかった場合には、実質的には存否が不明な場合にも、立証が上手くいかなかったことにより推定事実が存在すると扱われることになるため、「疑わしきは被告人の利益に」の原則に真っ向から反する。
また、裁判所が前提事実の存在を認定した場合には、被告人の反証がない限り、推定事実の存在を認定しなければならないことになる。裁判所が、推定事実の存在について確信を抱いていない場合にも、そのような認定が強制されることになるため、自由心証主義(刑事訴訟法318条)に反する。
よって、刑事訴訟法の基本的原則に抵触するため、この見解は妥当ではないと考える。
(2)ア 上記のように、利益原則、自由心証主義への抵触は許すべきではない。
そこで、推定事実の実質的挙証責任は相手方に転換されるわけではなく、相手方から前提事実の存在を否定する証拠が何ら提出されなかった場合に、この事情を推定事実の認定のために考慮することが許されるにすぎないと考えるべきである。
イ しかし、この見解においては、証拠の不提出という事情から、推定事実の認定を行うことが許されることになる。証拠裁判主義(刑事訴訟法317条)により、「事実の認定は証拠によ」って行わなければならないところ、証拠の不提出という、証拠外の被告人の態度によって事実認定を行うことが許されることとする点で問題がある。
以上のような例外を認める以上は、それを正当化するに足りるだけの必要性、相当性を備えていなければならない。
そこで、①検察官が推定事実を立証することが通常困難であること、②前提事実から推定事実を推認することが通常合理的であること、③推定事実について被告人が証拠を提出することが容易であること、④推定事実を除いても、前提事実だけでなお犯罪としての可罰性が否定されないこと、をみたす場合に限り当該推定規定が許されると考える。
3 以上の枠組みに照らして、本件規定が許されるものなのか、について検討していく5。
(1) 本件規定における推定事実たる職務執行関連性は、賄賂としての一定の利益と公務員の職務行為とが対価関係に立つ場合に肯定される。そして、その判断に際しては、(a)公務員の事実的影響力、(b)職務の公正に対する社会一般の信頼を害するおそれ、(c)行為の性格の公務性、を考慮すべきである。
これらの点は、いずれも検察官が比較的容易に収集できる資料から立証することができると思われるため、特段困難といえるようなものとはいえない。
(2) 公務員が職務の執行において、密接な利害関係を有する者から通常の社交の程度を超える財物等を受け取ったという事実があれば、職務執行関連性が通常認められるため、推認は合理的といえる。
(3) 職務執行関連性を否定する証拠、すなわち、対価関係を否定するに足りる明確な証拠が被告人のもとに保管されている場合には被告人が推定事実の不存在を容易に証明することができる。
しかし、そのような証拠が必ずしも保管されているとは限らないし、また、職務上密接な利害関係を有する者に対して、あくまでも中元や歳暮などの社交儀礼として送っている場合には、それが社交儀礼の意図であることをただ主張するほかなく、それが職務執行に関連するものでないことについて被告人が立証することは困難といえる6。
(4) 職務の執行につき密接な関係な利害関係を有する者との財物のやりとりは、収賄罪の保護法益たる職務の公正に対する社会一般の信頼を害することは否定できないものの、そのような者と財物のやりとりをすることと、通常の社交を超える財物等について収受、要求、約束を行ったことのみを認定するだけでは職務執行関連性が必ず肯定されるわけではない7。よって、前提事実だけで犯罪としての可罰性があるとはいえない8。
(5) したがって、上記要件①、③、④がみたされないため、本件規定は許されない。
4 以上より、本件規定を設けることは許されない。
Footnotes
- あてはめにとても苦労しました。いまだによくわかりません。どっちとも言えそうなものが多い印象です。
- この部分に関して、本書では被告人の立証が容易としていたのですが本当に容易なのかが個人的には疑問です。
- すみません。収賄罪関係についての理解が圧倒的に不足しており、よくわかりません。
- 犯罪としての可罰性という概念があまりわかりません。実体法上刑罰を課されうるものがこれに当たるのでしょうか。
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- この部分に関して、本書では被告人の立証が容易としていたのですが本当に容易なのかが個人的には疑問です。
- すみません。収賄罪関係についての理解が圧倒的に不足しており、よくわかりません。
- 犯罪としての可罰性という概念があまりわかりません。実体法上刑罰を課されうるものがこれに当たるのでしょうか。
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